折原一を纏め讀みしようかなと考えていまして、前回は「遭難者」なんていう、作者にとっては代表作とはいえないようなものを取り上げてしまったので、今回はシッカリとしたものをひとつ。
折原一というとアレ系、アレ系といえば折原一というくらい、樣々な仕掛けで驚きを見せてくれる氏でありますが、本作はアレ系の驚きというよりも、物語の展開の巧みさに驚く小説ではないでしょうかねえ。
実をいうと、モノローグの仕掛けも含めて、だいたい予想通りだったので、折原一の初期の作品と比較すると衝撃度は低かったです。寧ろそれよりも、作中で起こる樣々な事件や謎を最後にすべて回収してしまう技の冴えに驚いてしまいましたよ。もう熟練の域に達しているというか、とにかくそのあたりがミステリとしても拔群に素晴らしい。
物語は不穩なプロローグから始まります。それに続く新聞記事の抜粋めいたものがまたいかしていて、富士山麓で失踪した人物の白骨死体が見つかったこと、そして樹海にHELPと讀める枯れ木を組んだ文字が見つかったことなどが書かれているのですが、……これってもう二十年くらい前に北海道であった例の事件に触発されたことは間違いないでしょう。SOS事件について知らない方は、このあたりを讀んでいただければと思います。
本作でほのめかされている現実の事件はこれだけではなくて、ほかにも例のM君事件にふれたところでは今田勇子もシッカリと登場するし、葬式ごっこに触発されたと思われるような事件もあったりするところが、いかにも作者らしいというか何というか。
第一部からはこの富士樹海で失踪した息子、小松原淳の傳記を書いてほしいという依頼を受けた売れない作家、島崎を中心として物語は進みます。
島崎はこの依頼を受けて小松原淳のことを色々と調べていくのですが、とにかくここに登場してくる人物がもう誰も彼も胡散臭いものばかりでして。なかでも一番凄いのがこの當の依頼をしてきた小松原淳の母親です。
彼女は淳がまだ子供だったときにはスカートを履かせて女の子のように育てていたというのですが、だからといってこの母親、小學校でいたいけな児童たちに「セックス、セックス、セックス!」なとど復誦させては悦に入っているような、ジェンダーフリーを信奉する、アレな女教師という譯では決してありません。
この母親、折原一の小説にはときおり登場する狂った中年女性のキャラのひとりでして、彼女が何かを隠していることは確実なのですが、それがまったく見えてこないところがいかにも薄氣味惡く、物語全体に不穩な雰圍氣を振りまいているのですよ。これがまたいい。
淳の過去には、幼女殺害事件や、同級生が不可解な死を遂げていたりと謎めいた事件が色々と起こっているのを、聞きこみの過程で島崎は知ることになるのですが、これらの事件に必ず現れる異人さんというのが誰なのか、というのも本作の大きな謎のひとつです。
そして島崎が淳のことを調べている途中で、まるで彼のことを尾行しているかのように行く先々で姿を見せる怪しげな中年女性とは誰なのか。このあたりの現在の謎と、聞きこみの過程で浮かび上がってくる淳の過去の謎が微妙に絡み合い乍ら物語は展開していきます。
そして時折挿入されるモノローグの作者は誰なのか。さらには作中作として収録されている小松原淳が書いたという小説の數々。いかにもアレ系の仕掛けを思わせるアイテムがテンコ盛りなのですが、実をいうと、そんなふうに仕掛けを見拔いてやろうなどど身構えずとも本作の面白さは十分に堪能出來ると思うのですよ。
というのも、上に挙げたような現実の謎、そしてそこから展開されていく島崎の受難、さらには次第に明らかにされる小松原淳の過去、……これらの物語が拔群に讀ませるのです。
更にはもう折原一の小説でしか味わうことが出來ないともいえる、作家志望の人間の苦悩。これが妙にリアルなんですよねえ。
本作の場合、子供の頃に賞を獲ってチヤホヤされた小松原淳がだんだんとフツーの人間に成り下がっていき、最後にはマトモなミステリも書けないで自暴自棄になっていくさまと、成人してから受賞はしたものの、その後の或る災難がきっかけで作家人生を無駄にしてしまった島崎との對比が拔群にいい。
最後にこの二人の意外な接點が浮かび上がってくるのですが、このあたりの伏線の回収の仕方も本當にうまいなあと感心してしまいました。
さらには小松原淳の妹、そして失踪した父親など、物語が進むにつれ、畳みかけるように謎また謎が現れるという展開も巧みで、本當に飽きさせません。最後に明らかになるモノローグの謎に隱されたアレ系の仕掛けなどより、このプロットのうまさのほうが際だっています。
ジャケ帶には「折原トリックの最高峰」なんて言葉が躍っているのですが、寧ろプロットの面白さが作者の得意技であるアレ系の仕掛けを凌駕したという點で注目したい作品ですねえ。勿論おすすめ。あんまり難しく考えないで、この面白すぎる展開に翻弄された方が絶對に愉しめると思いますよ。