年末の段ボール整理で見つけたレアもの乍ら、一應「ウンタラカンタラ」殺人事件の一册ということで、今日は「不連続殺人事件」に續く文豪安吾の長編第二作となる筈だった「復員殺人事件」を取り上げてみたいと思います。
「筈だった」なんて妙な言い回しをしてしまったのは、この作品が連載されていた「宝石」が廃刊の憂き目にあった為、最後まで安吾の手によって書かれることなく中断されてしまったからでありまして。
で、後編を書き継いだのがあの高木彬光御大、という譯で、後半には神津恭介あたりが登場して、犯人に敗北した巨勢博士は舞台から退場かと思いきやさにあらず、高木御大がこれまた見事なまでに安吾の文体を模倣して、安吾らしい推理小説に仕上げているところがミソ。
解説に権田御大曰く「恐らく氏(安吾のこと)の書いた推理小説の中で最高傑作になり得た作品である」なんていっているんですけど、前半を讀む限り、どうにも「不連続」のような高揚感がなくてちょっとアレ、でしょうか。まあ、あくまで結果論になってしまうんですけど、個人的にはたとえ安吾が書き継いでもこのネタだったら「不連続」の方がやはり上なんじゃないかなア、なんて氣がしますよ。
本作で探偵を受け持つのは「不連続」で見事な推理を披露した巨勢博士で、物語は語り手の作家、矢代が巨勢博士の事務所を訪ねていくところから始まります。不連続殺人事件での活躍もあって巨勢博士は一丁前に有楽町の駅ビルに探偵事務所を構えていたりするんですけど、ここに二人の訪問客がやってくる。
何でもこの客曰く、戰地に赴いていた兄さんが、片手と片足を失い更に兩眼は潰れて顎も砲彈にもぎ取られたという怪物君となって御歸還、しかし二人はどうにもこのバケモノとなりはてた人物が自分たちの兄とは思えない。ついては、この人物の手形と以前兄が殘していたという手形を照合して、あの人物が本物の兄なのか確認してもらいたい、と。
で、彼らが住んでいる小田原の成金屋敷では、この怪物の復員によって一家皆殺しの惨劇が幕を開け、……という話。
冒頭、この怪しい復員男のことや、以前長男とその子供が海釣りの歸りに殺されたという事件も交えてこの一族のことがダラダラと語られるところは「不連続」と同樣、ちょっと辛いんですけど、これを過ぎると、拳鬪王であるバカタレ野郎のハジケっぷりなどを面白おかしく描きながら早くも件の復員男と女が殺されてしまいます。
女は銃殺、復員男は絞殺、さらに屋敷の住人は睡眠藥を盛られていたというから尋常じゃない。さらに住人の中にはミステリマニアもいたりして、これみよがしにヴァン・ダインの「甲虫殺人事件」がおいてあったりしたから、一番怪しいヤツが犯人だと思ったら違っていて、と思わせる為に犯人の仕掛けたトリックだったと思っていたのが實は、……みたいなかんじで偽の手掛かりも交えて後期クイーン問題の無間地獄が大発生するかと期待していると、ガッカリしてしまいます。
まあ、安吾がどこまで考えてこのようなトリックを仕掛けていたのか、今となっては分からないんですけど、後半を引き継いだ高木御大の筆は安吾の文体を模倣しつつも、開陳されるトリックはあまりにシンプル。
さらには謎解きの部分で、「不連続殺人事件」のネタバレまでしてしまうという惡ノリぶりで、これでは安吾も草場の影でボヤいているのでは、なんて考えてしまいますよ。
本作のキモは凶器となったピストルの所在と、日記に纏わる意味合い、さらには睡眠藥を盛られていた住人の中に本物の犯人がいるのではないか、これは犯人のトリックではないのか、というあたりにやはり絞られるかと思います。
復員男が本物なのか、という點については、もうこれだけ顔がグチャグチャになった男が出て來ればまア、十中八九は偽者であることはもう御約束というようなもので、実際、このネタも中盤あたりでもうバレバレ。
警察と巨勢博士が眦を吊り上げて屋敷中を搜しまわっても見つからなかったピストルで、次なる惨劇が行われるという最後の展開も見物で、この凶器の隠し方は非常に單純なものながら、ある意味、「不連続」では中核となった仕掛けを用いているところにはチョット感心しました。確かにこれでは分からない譯です。
ミステリとしての仕掛けは非常に小粒で、前半安吾が必要以上に煽っているようにも感じられる「樹のごときもの歩く」という言葉の眞意はアッサリ風味。もっともこれは解説によれば、高木御大が安吾のネタを使わなかったことに起因するみたいなんですけど、何だかクラニーが洒落で使いそうな小ネタには苦笑してしまいます。
物語の雰圍氣としては、顔がズタズタになった男が復員、というネタなどいかにも終戰後を感じさせるところは正史フウでもあり、また第三国人なんて言葉がサラっと出て來るところなど、時代を感じさせます。とはいえ、この一族連中がかの國の新興宗教にハマっていたというあたりは偶然ながら現代にも通じ、……というか終戰後からかの國のトンデモ宗教にハマってしまう日本人がいたんだなア、なんて小説の中のお話ながら、今讀むと、こんなところに妙なリアリティを感じてしまうのでありました。
「不連続」に比較すると、ヴァン・ダインネタを鏤めた風格がアレで、さらには後編を引き継いだ高木御大の本領発揮には至っていない殘念作ながら、御大の文体模倣はまさに見事の一言。カタカナをフル活用して、安吾節をイッパイに効かせた文章は正直、これが高木御大の書いたものなのか、と疑ってしまうほどの素晴らしさで、これだけでもキワモノマニア的には讀む價値あり、といえるでしょう。
とはいえ、一册のミステリ作品として見ると、いかにも普通の出來映えなので、「不連続」ほどのクオリティを期待されたりするとアレなので、そのあたりは御覺悟のほどを。