前に読んだ『キング&クイーン』はあまり話題にならなかったような記憶があるのですが、本作はあれ以上に地味地味。しかしこの時代の流れに理性を浸食されていくという、――静かな狂気が感じられ、個人的には偏愛したい一冊です。
物語の主人公は異人さんの血が入っている貴族で、彼の親友がヒョンなことから殺人の嫌疑をかけられたことから、事件現場に呼びつけられる。しかしそこで推理をデッチあげ、……というところから彼が「探偵」となってこの後の物語が展開されていくのかと思っていると、彼が好きだった娘っ子がこれまたアカ扱いされて逮捕されたりというイベントが起こるものの、彼が「探偵」となってそうした事件をバッサリと解決してみせるわけではありません。
事件の解決へと向かう本格ミステリ的な推進力に頼ることなく、作中では冒頭に描かれた親友の事件と娘ッ子のアカ疑惑は抛擲されたまま、このあとも特高警察が執拗に主人公へとまとわりつき、またその一方で過激な右野郎どもが決起を画策していたりといった彼の周囲の不穏な動きが、この時代背景と重ねながら淡々と描かれていくという展開は何らかの外連を見せて読者の好奇心をガッツリと摑んでみせる柳ワールドにしてはやや異色。
冒頭のコロシにしてもド派手な外連を見せているわけではなく、そうしたところからもひとつの「事件」とその「解決」をセットした本格ミステリらしい風格を意図的に退けているように感じられるわけですが、やがて主人公の周りで起こっていた事件と彼を取り巻く人物たちの思惑があぶり出されていくごとに、彼の内部では緩やかな狂気が鋳造されていく。
この静かな狂気が冒頭で鮮やかに描かれていたアブサンの幻覚と重なりを見せ、アカや右といったこの時代ならでのものがすべての事件の背後にあったのかと思わせておいて、実は、――という構図はこれが『ジョーカー・ゲーム』のシリーズだったらもっと派手な転倒を見せて描かれたのではないかナなどと考えてしまうものの、主人公が一時ながら探偵的な立場に置かれたりして個々の事件に関わりを見せながらも、結局、真相はというと、事件の構図の外で出来事を眺めるしかなかったという悲壮な結末から醸し出される静かな狂気は『ロマンス』というタイトルを考えると、こうした描かれ方が最良の方法だったのかもとも思えます。
本格ミステリらしくない展開と風格を含めた「らしくない」装いから、『ジョーカー・ゲーム』っぽい外連を大期待してしまうとアレですが、個人的には主人公の理性が揺やかに溶解していくところなど、柳小説らしい狂気の描かれ方には強く惹かれるものがあります。『キング&クイーン』のように「狙って」みせたころがない自然体だからこそ際立つこうした柳ワールドらしさを堪能するには美味しい一冊といえるのではないでしょうか。