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「ああン? 今年のダメミスの本命? そんなの覇王の『パワードスーツ』に決まってるじゃねえか! まだ読んでないけど」というかんじで、一部の好事家の間では『スノウブラインド』でデビューした倉野氏はダメミス作家と認定されているわけですが、個人的には本作、本格ミステリとホラーの融合を戦略的に行った逸品として普通に、というか、かなり愉しめてしまいました。
物語を簡単にまとめると、吸血鬼を神と崇めるキ印一家で連続の人死にが、……という話なのですが、そのタイトルからも察せられる通り、舞台が日本でありながらフルチ御大リスペクトの雰囲気タップリな風格も見事なら、登場人物たちのどことなく品格の感じられるキャラ設定など、何となーく飛鳥部ミステリも感じさせるところにまず注目。
特に今回、処女作と比較しておっ、と思ったのはその絶妙なユーモアセンスでありまして、下品には決して転ばない笑いのセンスが素晴らしい。このあたりもまた飛鳥部ミステリを彷彿とさせるところであるとともに、クラニーのファンなども大いに愉しめるのではないでしょうか。
いかにもな怪奇趣味溢れる物語世界に、奇妙な宗教、さらには探偵側の三人の盤石なキャラ設定とも相まって、一家族の中で自殺なのかコロシなのか判然としない人死にが続発して、――というコード型本格のスタイルを踏襲しながらも、物語の展開がダレることはありません。特に探偵側の三人が喫茶店でワイガヤをするシーンは、ホラーから心理学といった学術蘊蓄も絡めてなかなかに読ませるところでありまして、探偵のほのかな恋物語に最近流行のあるブームを重ねて漫画チックな結末を見せているところも秀逸です。
実際、こうしたホラー調の物語世界や、登場人物たちの会話といった、普通小説の評価軸をもってしても十分に愉しめてしまう本作、じゃあ、ミステリとしてはどうなのよ、ということになるわけですが、奇妙な一族の連続自殺事件という結構をとりながらも、この物語が本格ミステリであることを主張している以上、読む側としては当然その自殺も殺人に違いない、という先入観を持たれるのは必定でしょう。
実際、密室状態にして凶器が消失しているという現場の様子から、針と糸の懐かしトリックによってアッサリと件の密室を解明しつつ、ではその通りかとトリックの裏取りをすると必ず謎の御札が置かれているあたりから、すわ後期クイーン問題が云々とコ難しい話にいってしまうのかと身構えてしまうも没問題。そうしたところはあっさりとスルーしつつ、探偵がワイガヤの中で語っていたペダントリーによって異形の構図が開陳される謎解きはかなりのもの。
探偵側の三人が事件の謎解きを経たあと、三者三様の解釈を行って物語は幕となるのですが、これがまた三人の人物設定とも相まって素敵な読後感を残します。どの解釈を受け入れるかは読者に委ねられているともいえるわけですが、フルチ御大的な崩壊の間際に現出した怪異を幻覚ではなく現実のものだとすれば、それは吸血鬼の存在を受け入れるしかなく、真相はホラーだったということになるわけですが(以下反転)、……とはいえ、この怪異を目撃した探偵側の三人もまた、犯人と操られていたものが発症していたと探偵が喝破した「共有精神病性障害」の状態にあったという解釈も可能のような気がしてきます。
つまり「妄想を中心とする精神障害を持っている人から、別の人に精神症状が”伝達、感染”」したという探偵の説明通りに、探偵側の人間もまた、この異様な事件に巻き込まれるうち、一族たちの妄想である吸血鬼の実在を、気がつかないうちに「共有」してしまっていたのではないか……そう考えると、ホラーとして閉じていたこの一族の狂気と妄想は、探偵という本格ミステリ側の人物の登場によって、今回の怪死事件へと顯現し、さらにまた探偵たちも「継発者」となって、閉じていた妄想をさらに深化させてしまったという見方もできるのでは、と思うのですが如何でしょう。
それはまたホラー的な物語世界に、「探偵」を含めたガジェットを導入することで、ホラーの風格が本格ミステリを浸食し、本格ミステリの風格がホラーとしての異形性をさらに際立たせる効果をもたらしている本作の風格にも重なります。三津田ミステリとはまた違った視点からホラーと本格ミステリのハイブリットを目指した本作、クラニーのファンに強くオススメするとともに、さりげなく三津田、飛鳥部ミステリのファンにも推奨しておきたいと思います。