業界的には「これはミステリじゃないヨ」なんて発言もあったりするので、どんなモンかと構えて読み始めてはみたものの、個人的には現代本格の秀作として普通に愉しめてしまいました。確かに本格ミステリにおける「推理」や「解決」というものの定義に並々ならぬこだわりを見せる批評家的スタンスのマニアであればかなりの問題作なのかもと思える一冊ながら、構図に注力した読みをすればまず没問題。
あらすじは、鉄骨をブンブン振り回す巨乳アイドルの亡霊が夜な夜な現れ悪さをしでかすとの噂があり、その亡霊退治にと立ち上がった異形の男女が虚構推理によって霊退治を行う……という話。
まず指摘しておきたいのが、本作は多様な読み方ができるということで、まずミステリの定石通りにいけば、巨乳アイドルの霊の正体はというところからそうした怪異にどのような現実的な解が与えられるのか、――そのあたりに留意しつつ読み進めていくところではあるものの、冒頭から早々に件だ人魚だ河童だというモンがフツーに在るものとして語られていくゆえ、この物語世界に馴染むためにはまずここでサッと頭を切り換えなければいけません。
ほどなくして亡霊となった巨乳アイドルの死に嫌疑がかけられ、すわ殺人かと読者も膝を正して頁を繰っていくわけですが、ここでも幽霊の証言によってアッサリとこの死については事故という真相が語られてしまいます。
そうなるとフツーのミステリ読みであれば、コロシの謎という本格ミステリには定番の「謎」も消失し、ここから推理だの真相だのを語るのは不可能ゆえ、ミステリとして成立しないのではと訝るのも無理はありません。しかし本作にはアイドルの死や亡霊の正体以上に、この世界を背後から操るものの正体という隠された謎があり、この謎を「虚構」探偵を中心とする人物の相関から引き出すとともに、後半は外連味溢れる「虚構争奪」へとなだれ込んでいきます。
この第六章「虚構争奪」は章題にもあるとおり、虚構によってこの世界を混沌に至らしめる「犯人」と、秩序をもたらそうとする「探偵」との「虚構推理」による操りバトルであり、ここは本作一番の見所でしょう。どうもネットの評価をざっと眺めてみた限り、本作の「虚構推理」という趣向がお気に召さないという意見も多く、確かに真相を明らかにするための「推理」を転倒させた「虚構推理」というのはかなりの掟破りながら、そうした本格ミステリのお約束の卓袱台返しというのが本作の大きなねらいのひとつでもあることは、「虚構争奪」で展開される「推理」のネタぶりを見れば明らか、という気がするのですがいかがでしょう。
たとえば最初に開陳される刑事の死におけるハウダニットの無茶なトリックも、これが海外を舞台にしてボンクラワトソンが死体を見るたびに卒倒してみせるような本格ミステリ世界であれば、探偵がこの推理を口にした途端、「虚構」ならぬ「真相」として読者が納得「しなければいけない」というのは本格ミステリとしてのお約束。そのほかにも古典的ともいえる懐かしトリックの大盤振る舞いで、次々と本格ミステリにおけるお約束を大量消費して「虚構」をホンモノらしく見せていく探偵の手際は見ているだけでニヤニヤしてしまいます。
また、ここで展開されているのはただの虚構のデッチアゲではなく、秩序を希求する「探偵」と混沌を生み出そうとする「犯人」との「操り」を企図した「争奪」戦であり、虚構推理といえども、これは「推理」から「真相」を生み出すのが本来の目的ではないという趣向にも注目で、この頭脳戦はたとえば近年の大きな収穫である傑作『丸太町ルヴォワール』を既読の方にとってはスンナリと愉しめるものだと思うし、またデッチあげ推理という点についてもメルカトル萌えッ!なんて黒いミステリファンであれば、「真相がわかっているのに虚構推理といわれてもねエ……」なんてボヤいている暇もなく、手に汗握る争奪戦をめいっぱい愉しめるのではないでしょうか。
真相が明らかにされたところから虚構推理を構築していくというところが掟破りとはいえ、そこに至るまでにはまずこの幽霊が出現するメカニズムを明らかにし、それを用いて幽霊を出現させた「犯人」が存在するという操りの構図を開陳するという下地があり、そこから外連味溢れる「虚構争奪」のシーンによって「犯人」と「探偵」の頭脳戦が展開されるという流れがある。さらにそこへ本格ミステリのネタを大量消費してお約束を虚構へと反転させてしまうというひねくれた趣向をくみ取れば、本作は本格ミステリとして十分に愉しめるのではないでしょうか。
もっとも「ミステリじゃない」という評価があるからといって、読者がそうした作品を本格ミステリとして読んだら極刑に処されるというわけでもなし、そうした意見は軽くスルーして愉しむのが吉、でしょう。物の怪がフツーに出てきたり、都市伝説が物語の成立に大きくかかわっているあたりから、ミステリ好きで怪談も好きッという方にオススメするのが常道ながら、現代本格のファンであれば今は『メルカトルかく語りき』とセットでニヤニヤする、というのもアリでしょう。オススメです。