SF少女(スカしたフィメール)の魂の再生。藤子違い。
今回の本格ミステリ大賞で、「向日葵」に票を投じた作家ということで興味を持った辻村深月、さっそくゲットして讀んでみたんですけど、これは素晴らしい。
この作品、リリースされた時にはブロガーの方が結構とりあげていて、「語り手のイヤっぷりがかなりアレ」みたいなレビューをされていた記憶があったんですけど、ジャケ帶には「クライマックスにおける藤子世界観との共鳴等々」なんてあるもんですから、頭の片隅に残っていた語り手のイヤっぷりと藤子世界云々というところから、恐らくはこのイヤキャラの語り手が最後には「ドーン!」とかいうかんじで悲慘な結末を迎える物語なんだろうなアグフグフ、なんて思い乍ら讀み進めていったんですけど、これが予測を大きく裏切る感動ストーリーで吃驚してしまいましたよ、……っていうか、自分みたいに藤子といえばAセンセっていう人の方が少數派なんでしょうかねえやはり。
物語の語り手は藤子マニアの寫眞家を父に持つ女子高生で、この父は五年前に失踪、さらに現在彼女の母親は癌で入院という状況にありまして、そこへ父の友人の有名指揮者や、語り手の元カレで司法浪人のキ印などを交えて物語は展開されていきます。
この語り手が周囲の人間を小バカにしまくった前半の描寫は確かに強烈で、地元のJリーガーと合コンをやっても、合コン自体バカバカしくってやってられない、初対面でちょっと酒飮めばもうタメ口のバカ男なんて信じられない、なんてシアシャアと語りまくるイヤ女ぶり。
また自分はそこそこ美人だし、などとさりげなく自惚れているところも讀者にアピールするというふてぶてしさなど、確かにマトモに讀んでいれば全然感情移入も出來ない語り手の強烈なキャラは個性的ではあるものの、自分は他の人とは違うから、なんて嘯きながらもその実讀んでいる本というのがベルンハルト・シュリンクの「朗読者」だったりしてこの語り手、実をいえばちよっとおマセな女子高生というだけの普通人なんですよ。
これがいま讀んでいる本というのがソローキンの「ロマン」だったりしたらかなりトンガっているなアなんて個人的には思ったりした筈なんですけど、イヤ女といっても実を言えば、この時期にはいかにもありがちな世間を斜めに構えたおマセな女子高生だと分かってしまえば、語り手の独白にそれほど腹もたちません。
で、彼女が図書館で本を讀んでいると、とある男の子から声をかけられて、是非とも自分の寫眞のモデルになってもらいたいと頼まれるのですが、最初はあまり気の進まない語り手ではあったものの、この男の子の放つ不思議オーラに魅了された彼女は結局、彼のさりげなくも熱意の籠もった御願いにオーケーします。
一方、語り手には司法浪人をしているナチュラル美青年の元カレがいて、後半に物語を引っかき回していくのがこのダメ男。別れてから久しぶりに再會したこの輩は、いきなり彼女の唇を奪おうとする野獸ぶりを発揮、すかさず危険を察した語り手が体を交わして一難は逃れたものの、食事を終えるなり今度は彼女の前で心療内科に通っているとカミングアウト、醫者からもらった薬を水なしでガブ飮みするという荒技を披露したあとは、語り手にシツコくつきまとうキ印ストーカーへと変貌します。
語り手にモデルを依頼したふしぎ系男子や、父の友人、そして中盤から登場する家政婦など、藤子F先生らしい「いい人」キャラがやさしい空気を釀し出すなか、この元カレだけは藤子A先生を髣髴とさせる黒い味を出しているところがキワモノマニアとしては最大の見所で、俺がダメなのは世間が惡いと語り手を前に愚癡りまくる痛いキャラは相当に強烈。
で、元カノである彼女から無視されて完全に自尊心をズタズタにされたダメ男は、金髪に眉剃りというワルっぽいスタイルにイメチェンをはかります。しかしこれでは語り手の言葉を待たずともどう見たって「アブない人」であることは明々白々、それでもこのダメ男が堕ちていくさまをニヤニヤしながら見つめていた私は、友人の忠告もきかずにメアドも電話番号も変更しなかった為、さらにダメ男の奇天烈ぶりはエスカレート。
ついには平山センセの「東京伝説」のキャラっぽい凶惡なストーカーへと変貌、語り手の友人に暴行をくわえて、さらには彼女が心を通わせていた少年を誘拐してしまう。果たして語り手の私は少年を見つけることが出來るのか、……。
語り手が周囲をバカにしまくる前半の、やりすぎともいえる言動は普通の本讀みにはキツいかもしれません。それでもキ印ストーカーへと変貌する元カレと同じく、自分も「全てが半端だ」と吐き捨てるように呟くところとか、自惚れと自らを嫌惡する微妙な心の搖らぎに、自分は結構共感出來てしまいましたよ。
で、イタいといえば、この語り手のお父上もなかなかハジけていて、惡事を働いても藤子先生が見ている、とか、藤子F先生を天帝と同じ位置に据えて神格化するところはマニアを通り越しててある意味では元カレと同じ「アブない人」。それでも心酔した漫画家がF先生の方だったから良かったものの、これがA先生だったら、……なんて考えてしまったのでありました。
で、このキ印の元カレが發狂した振る舞いで暴れまくる後半から物語は一氣に加速します。自分的には語り手と周囲の人間をやさしい空気で癒やしているF先生的世界が最後にA先生ワールドに反轉する「仕掛け」なんだろう、最後にはこのキ印野郎も喪黒の登場によって「ドーン!」とされるような展開だろうなんて期待していたんですけど、まったく予想していなかったところからミステリ的な趣向を見せて物語は素晴らしい餘韻を持たせてしめくくります。
自分は父親の寫眞集が届けられたところですでに感涙だったんですけど、それを上回る泣き所が最後にシッカリ用意されているところなども含めて、本作の結構は當に傑作に値する作品だと思うのですが如何でしょう。
同時に、この仕掛けから、作者が「向日葵」を推す理由も理解出來た次第です。なるほど、この作風だったら「向日葵」のアレを愛でるのも納得でしょう。という譯で、語り手のイヤキャラが、この仕掛けから明らかにされる事實によって魂を再生させる物語の結構は勿論のこと、この仕掛けそのものも既に多くの先例を持つもの乍ら、自分は非常に堪能出來ました。
しかし藤子不二雄っていうんだから、もう少しA先生っぽいテイストがあっても良かったんじゃないかなア、例えば章題に「うらみ念法!毒蛾ぜめ!」とか「うらみ念法!イヌ移し!」とか或いは怪奇やの秘密アイテムとかがあったりしたら、……なんてジャケ裏みたらシッカリ「藤子・F・不二雄をこよなく愛する」と書いてありましたよ。
要するに本作においてA先生の存在は完全にスルー。ですから「ドーン!」も「ギニャー!」もない譯ですが、ミステリ的趣向を凝らした上質の感涙物語として本作は文句なしに素晴らしい出来榮えでありまして、前半に展開される語り手のイヤ女っぷりさえ氣にならなければ感動は保証されたようなもの、その構成の冴えにはただただ脱帽ですよ。作者の處女作は些か自分には長すぎるので、新作の「ぼくのメジャースプーン」もこれを機会に手にとってみようと思った次第です。おすすめ。