秘境ものの風格を前面に押し出した作品ではないゆえにいささか地味な印象があるとはいえ、そこはやはり香山ワールドでありますから、男はモテまくり、女は多淫、そして登場人物たちが大仰な愛の言葉を絶叫するという、キワモノマニア的にはもろツボなシーンもシッカリと添えたアイテムがこれ。
本作には二作の長編が収録されておりまして、不思議娘に翻弄されるモテ男とその恋人、さらには老怪人も交えて都市と秘境を舞台に香山御大のやりすぎぶりが光る表題作「魔婦の足跡」、レズをテーマに魔性夫人と美人娘、さらにはその恋人のボーイと怪人という、女二人男二人のキャラ布陣が「魔婦の足跡」とおんなじな「ペット・ショップR」。
で、昭和ミステリ秘宝といえば日下氏な譯ですけど、巻末の解説に曰く、「もしかしたら、本書の読者の中には、香山滋のことを「ゴジラの原作者」としてしか認識していない人もいるかもしれない」なんてあるものの、このシリーズを蒐集している好事家がゴジラしか知らないなんてことはまずあり得ない譯で、モテモテボーイの大活躍を描いた人見十吉シリーズに、さらには怪作「処女水」もまた、一般の本讀みの方にオススメしたくなる逸品だし、……なんていろいろなことを考えてしまうのですけど、キワモノの風格が激しすぎる短編に比較すると、本作に収録された長編はいずれもノーマル志向にふられたところがマニアにはやや物足りなく感じられるかもしれません。
それでも前編、後編と分けて、舞台を都会と秘境に分断させた構成を持つ「魔婦の足跡」の無理矢理感は流石で、童話作家でありながら偽札づくりをコッソリ行っているボーイの前に突然現れたコケティッシュ娘がタイトルにも言われている魔婦ながら、しかし作中で皆が皆、彼女のことを「魔婦!」「魔婦!」と大声で叫び散らすシーンが随所に盛り込まれているはいるものの、そのキャラには「魔」ものらしさは希薄、どちらかというとその奔放さが魅力的で、物語はボーイのほか、これまた偽化石だのをつくっては闇で賣り捌いている彼の恋人や、その恋人に激しくホの字の怪老人の四人を配して進みます。
まずもってこのコケティッシュ魔婦が童話作家の前に現れた意図が皆目分からず、何となく偽札づくりに大きく絡んでいるとは推察されるものの、ボーイもボーイで何故にかくもこの魔婦を恐れるのか、そのあたりの背景を華麗にスルーしたまま、偽物づくりを行っている三人がいつの間にか結託してこの件の魔婦を殺してやろうと大奔走。舞台を怪老人の故郷の秘境に移してからはもう香山御大の独壇場で、謎の生物の来襲などのパニックシーンも織り交ぜながら、破天荒な物語が展開されていきます。
ボーイや怪老人といったキャラ、さらにはボーイに仕える醜男の下男といったキャラがあまりに個性的ゆえに、かえって物語のドタバタを牽引していくべきコケティッシュ魔婦の影が薄くなってしまっているところが惜しいとはいえ、最後の最後に伏線も何もスッ飛ばしてイキナリ始まる、寿行センセの「蒼茫の大地、滅ぶ」かはたまた「エクソシスト2」かという人食い蝗の来襲によって唐突に物語が幕引きを迎える構成には完全に口アングリ。この結末が醸し出す無常観もまた本作の魅力のひとつでしょう。
續く「ペット・ショップR」には秘境でテンヤワンヤの展開こそないものの、こちらはレズビアンを主題にエロっぽさをむムンムンに添えた風格がタマらない逸品で、個人的にはこちらの方が断然好み、でしょうか。
タイトルにもあるペットショップが舞台とはいえ、扱っているペットというのがウーパールーパーといった可愛いブツもあるとはいえ、メインはゲテモノ魚で、ここの女主人に惚れられた娘っ子がこの店で働くことになるのだが、……という話。
いずれの登場人物が主人公という譯でもなく、たまに娘っ子の一人語りを添えているとはいえ、ここでは妖しい魅力を放つ女主人のキャラ立ちにまず注目。娘にホの字の彼氏がこの店の秘密へ探りを入れるものの、ミイラ取りが木乃伊という具合にボーイは女主人の魅力にもうメロメロ、しかし女主人に惚れている男は彼一人ではなく、この店の商売に一枚噛んでいるこれまた怪老人も絡めて、物語は四人の恋愛模様を軸に進みます。
女主人は娘っ子を安心させるため「全亜細亜魚類学会日本支部長」だの「日本動物園水族館協会顧問」といったお堅い肩書きの記された名刺を取り出してみせると、
「でも、お願い。わたくしを、そんな固苦しい女だとお考えにならないで。わたくしが『気狂い』でないことを証明させていただくだけですから。じゃ、これで失礼させて。いいこと?あなたのお返事を、心から心からお待ちしていてよ」
しかし「俺っチは酔ってねえよ」なんていう酔っぱらいの言葉以上に、「私は気狂いではありません」というキ印の言葉ほど信用出來ないものはない譯で、実際、物語が後半に進むと、これまた香山ワールドではお約束の唐突さで事件が発生、この夫人のキ印ぶりが明らかにされていきます。
後半のあまりの急展開に目が白黒してしまうものの、冷静に讀み返すと、もしかしてこの結末ってアンチ・ミステリー?なんてことを考えてしまいます。しかし香山御大はおそらくそんなことはチッとも考えていなかったのでしょうけど、このアンチ・ミステリー的なオチが醸し出す虚無感が不思議な余韻を残しているところは秀逸です。またキャラ立ちしていた登場人物たちのアレっぷりを逆手にとって、それまでの事件の様相をひっくり返してしまう離れ業は流石です。
全編に漂うやり過ぎぶりと無理矢理感を堪能しつつ、これまた要所要所に添えられたエロネタにグフグフと忍び笑いを洩らしながら讀むのが吉、というまさにマニア志向の逸品といえるでしょう。