今年も今日で最後ということで、毎年恒例の纏めを行いたいと思います。で、これも毎年繰り返しているのですけど、自分はそもそも作品に星何個で評価とか、ランキングづけして云々というのがアレなので、そのあたりは輕くスッ飛ばして作品を並べるのみにとどめますのでご容赦のほどを。
まずは本格ミステリで強烈に印象に残っている作品としては、年末のランキング本でも話題となっていた三津田信三氏の「首無の如き祟るもの」、有栖川有栖氏の「女王国の城」、 山沢晴雄氏の「離れた家―山沢晴雄傑作集 日下三蔵セレクション 」、石崎幸二氏の「首鳴き鬼の島」、米澤穂信氏の「インシテミル」、これに詠坂雄二氏の「リロ・グラ・シスタ―the little glass sister」を加えたいと思います。
「首無の如き祟るもの」はたったひとつの「氣付き」によって總ての謎がイッキに氷解するという美しき過ぎる構図がやはりツボで、後半のホラー風味を最大限に発揮したやりすぎともいえるドンデン返しも含めて、今年を代表する傑作といえるのではないでしょうか。歴史的名作といってしまいたい堂々たる風格で、今年イチオシの作品です。
「女王国の城」も「首無」と同樣、やはり謎解きによって明らかにされる構図の美しさが際だった逸品で、あるものによって過去と現在が強力な連關を見せるところからたちのぼってくる追憶の情景の美しさ、またそれによって描かれる人間模樣など、まさに謎解きという本格ミステリならではの仕掛けによって人間が描かれるその結構には完全にノックアウト、でありました。
「離れた家」は表題作の超絶技巧にも大注目なら、その他のほとんど幻想小説的ともいえる風格の中からかいま見える人間の宿業の描き方が素晴らしい。何よりもこの一册、「日下三蔵セレクション」というサブタイトルがついているところからも、來年も日下氏の新たなセレクションを大期待してしまうのですけど、いったいどんなネタでマニアを魅了してくれるのか、――山沢ミステリの続編は勿論のこと、日下氏の隱し球にも注目、でしょう。
「首鳴き鬼の島」は年末好例のランキング本でも評価はそこそこといったかんじだったのですけど、自分としては「首無」「女王国」という大傑作に並べてしまいたくなる逸品で、情けないキャラの前座探偵と犯人とを對蹠させ、勝敗というかたちで二人の人物の陰影を際だたせてみせる構図が美しい。前座探偵や彼がベタ惚れしてしまう娘っ子など、キャラの甘さを指摘する評価も散見されるとはいえ、個人的にはこのアレ過ぎる前座探偵のキャラだからこそ、犯人の勝利がより際だってくる譯で、個別のキャラのみを見てこの作品の人間描写を論じてしまう声があるのはチと殘念、――というか、一般的な評価としてはやはりそうなってしまうのかなア、と複雜な氣持ちですよ。このような世間の評価も含めて、本格ミステリにおいて「人間を描く」とはどういうことなのか、ということをまたまた考えてしまいます。
「インシテミル」は確信犯的に、マニア的な嗜好を顛倒させた設定がツボで、例のインディアンやアンチ密室的な舞台が後半の推理においては絶妙な伏線として機能する結構がいい。米澤氏の作風としてはかなり特殊なものとはいえ、世間の評価が高かった「ボトルネック」はキワモノ的な愉しみ方しか出来なかった自分としては、ごくごくフツーに讀むことが出来たという点でも嬉しい一册でありました。
詠坂雄二氏の「リロ・グラ・シスタ―the little glass sister」も、「首鳴き鬼の島」と同樣、そのキャラのアレなところがどうやら世間の評価を下げてしまったような雰圍氣がなきにしもあらず、といったかんじなのですけど、この作品については確かに傑作というには躊躇いがあるとはいえ、キャラがアレとか、トリックが古いという意見が多いことについては、もう少し深讀み出来る作品ではないかな、と個人的には感じてしまいます。
感想を書いた時には「「犯人」「被害者」「探偵」という枠組みから本作がハードボイルドの語りに託してどのような企みを完遂したのか」なんてかんじで、ややボカした書き方しかしなかったのですけど、どうにもこのトリックが古い、なんていう意見が多いので、もう少しこのあたりを補足すると(以下ネタバレ)、この作品では、飛び降り死体をいかにして屋上に運んだのか、というハウの視点からのトリックと、語り手の素性に關わる叙述トリックという、大きな二つのトリックがあり、どうやらこの最後に明らかにされる叙述トリック「のみ」を取り出して「古い」という評価がなされているような気がします。
本作では、この叙述トリックのみを取り出して評価するのには意味がなくて、寧ろこの二つのトリックが連關することによって、「探偵」である語り手が「犯人」であり同時に「被害者」でもあった、という構図が明らかにされるところがキモ、なのではないでしょうか。第一のトリックの真相開示によって、「探偵」が「犯人」であることが明らかにされ、第二の叙述トリックによって、この「探偵」が「犯人」である理由、すなわち動機が読者の前に開示される。つまり第二のトリックは、第一のトリックの謎解きによって明らかにされる「探偵」イコール「犯人」という構図を動機の側面から補完するとともに、これによって「探偵」イコール「犯人」、イコール「被害者」という「アクロバット」を達成している、――というふうに見れば、本作では最後の叙述トリックのみを取り出して評価するのがいかにナンセンスか、何となく分かってもらえるような気がするのですが如何でしょう。
また第二のトリックの真相開示は、語り手でありながら決して語ることの出来なかった切實な動機を明かしている譯で、物語の語り手でありながらこの物語の中で語ることの出来なかったもの(犯人が女性であるがゆえ)に思い至れば、作者の詠坂氏がどのような戰略をもって「人間を描」こうとしたのか、――こう考えてみれば、ぎこちないハードボイルド文体で構築された物語の中の、いかにも痛々しいキャラというのも、また違った視点から見ることが出来るのではないでしょうか。
と、――何だか「リロ・グラ・シスタ―the little glass sister」たけでえらく長くなってしまったので、以下は簡單に。今年を代表する大傑作を出した譯ではないものの、堅實、實直な仕事ぶりで本格ファンを魅了してくれた石持氏の活躍にも注目で、「人柱はミイラと出会う」、「Rのつく月には気をつけよう」、「心臓と左手 座間味くんの推理」、「温かな手」の四作は、精緻なロジックとイヤキャラたちが釀しだすイヤ感ありまくりの倫理感など、いかにも作者らしい本領が発揮された粒揃いの短編集。この中でもっとも本格ファンにうけそうなのは、謎として提示される事件の明快さから「心臓と左手」かな、という気がします。「心臓と左手」の最後に収録された「再会」では、いい人をおとしめるバカ女のイヤキャラぶりは完全にレブリミットで、イヤ感覚ありまくりの倫理観という石持ワールドの眞髓を堪能したいッ、というのであれば、やはりオススメは「心臓と左手」ということになるでしょうか。
イヤキャラといえば、岸田るり子氏も「天使の眠り」に「ランボー・クラブ」の二冊をリリースして、キワモノマニアの乾きを癒してくれたのですけど、オススメは「天使の眠り」で、個人的には真相の開示によってある人物の壯絶な愛のかたちが明らかにされるという、本格ミステリならではの、仕掛けによって人間を描き出す技法が冴えまくった傑作だと思います。
まだ大傑作というには躊躇いがあるとはいえ、新しい技法の萌芽にもマニア的には注目で、この中では、愛川晶氏の「道具屋殺人事件──神田紅梅亭寄席物帳」がオススメ、でしょうか。謎の提示や事件の進行ではなく、落語という結構に託して、謎解きのパートに二段、三段という段階を積み重ねながら謎解きの中に謎解きの謎を仕掛けるという技巧の斬新さには完全に口アングリ。これは是非とも續編を期待したい一册でありました。
上に述べた石持氏の活躍ぶりとともに、個人的には大ファンである倉阪鬼一郎氏のハジケっぷりも今年は際だっていて、ランキング本でも注目を浴びた「四神金赤館銀青館不可能殺人」のバカミスぶりもツボだったのですけど、個人的には伏線の技法をメタミステリの枠組みの中で炸裂させた「留美のために」と、普通小説を裝いながら、伏線の回収が美しい感動を喚起する「湘南ランナーズ・ハイ」をオススメしたいと思います。
ほかにはペダントリーによって織りなされた推理と人間心理を謎解きによって解き明かす結構がツボだった門井慶喜氏の「人形の部屋」も印象に残りました。「天才たちの値段」を讀み逃していたのに激しく後悔、今後の活躍に大期待です。
また年末になって、連城的な顛倒ロジックが冴えまくる風格が素晴らし過ぎる三雲岳斗氏の「少女ノイズ」を讀むことが出来たのも嬉しく、ジャケからしてこれまたラノベ的な讀みを出版社は期待しているのではと推察されるものの、人間の心の奧の奧を仕掛けと謎解きによって照射してみせるという風格は本格ミステリならではの素晴らしさで、この傑作を是非とも多くの人に堪能していただきたいと思います。
さて、良いミステリもあれば、ダメミス、クズミスもキワモノマニアとしては外せない譯でありまして、今年はまほろ三部作という超絶地雷のプレゼントにキワモノマニアの自分としては大いに愉しませたもらった次第なのですけど、実をいえば、まほろ三部作も地雷とはいえ、確実に地雷、というか地雷以上と認定できるのは「天帝のはしたなき果実」のみで、「天帝のつかわせる御矢」と「天帝の愛でたまう孤島」に関してはミステリとしてもフツーに纏まっているし、特に「孤島」などは、ひとつの壯大な企みのために總ての物語が構築されているという惡魔主義と端正な伏線の張り方など、一册の本格ミステリとしての完成度はかなり高いと思います。という譯で、自分的には「既に」まほろ小説は地雷にあらず、ということになりますか。
一方、ダメミスという点では松尾詩朗氏の「撲殺島への懐古」との出會いはひとつの大きな衝撃で、その後に氏の處女作である「彼は残業だったので 」にも手を出してしまった譯ですけど、「彼は残業だったので」を讀了してみると、「撲殺島」のトリックにおける島田御大へのリスペクトと御大の風格とは大きく乖離したキャラたちのアレっぷりのギャップなどは寧ろ本作の大きな魅力のひとつにも思えるし、――という譯で、「撲殺島」は確かにダメミス、クズミスながら、個人的には敢えてダメミスの傑作、としたいところです。つまりダメなところを嗤いながら愉しむという讀み方もマニアとしては当然アリな譯で、そういう讀みを受け入れる鷹揚さを「撲殺島」は持っているのではないかと思うのですが如何でしょう。なので、ダメでクズだけどそこが面白いッ!ということで、ここでも敢えてダメミス、クズミスのマニアには強力にリコメンドしたい次第ですよ。
さて、ではダメミス、クズミスとしても傑作になりえず、ただ單にダメなクズ作品はどれかといえば、――もう皆さん、おわかりですよね。最近讀んだアレでありまして。あれ以來毎日この作品名で檢索しつつ、他の方の感想を探してはいるのですけけど、「虚無」マニアに向けたあからさまな疑似餌ぶりにも關わらず、あまり多くの方が讀まれていないことに個人的にはガッカリ、ですよ。
しかし思い出してみれば、この作者は別名義にて、第6回「本格ミステリ大賞」の選評で「容疑者Xの獻身」に対して、他の候補作についてはある程度のコメントを殘しながらも、「『容疑者Xの献身』は全くダメです。」と理由も何もスッ飛ばして完全なるダメ出しをしていた強者でありますから、もしかしたらこの作品で見せたアレっぷりも完全なる天然なのかもしれません。
彼女は本格ミステリ界において、マニアのウォッチ対象にも十分になりえる素質を持っている大物ではないかと思います。來年の活躍、というか、この作品以降の暴れっぷりにも大期待、でしょう。
――と、何だか最後は何ともアレな纏め方をしてしまいましたが、今年の後半は本格ミステリや幻想小説以外の小説を讀む時間が多くなってしまったゆえ、更新が疎かになってしまったのですけど、可能であれば昔のペースに戻していきたいと思っています。台湾ミステリに關しては、ミスター・ペッツこと寵物先生が「本格ミステリー・ワールド」に「台湾ミステリー事情2007」というタイトルで書かれているので、ここでは割愛、來年は日台のミステリ交流をさらに促進させるべく、樣々なイベントが予定されているようなのですけど、機会があればこのブログでも積極的に取り上げていきたいと思います。こうご期待、ということで、皆樣、來年もよろしくお願いいたします。