諸星大二郎の名作「生命の木」を映畫化、その映畫のノベライズとはいえ、ジャケ帶で稗田を演じていると思われる阿部チャンを見て、「こりゃダメだろ」と素通りしようと思ったんですけど、手にとって何氣にパラパラと頁を繰っていたら終わりの方で、「みんなぁぁぁぁ……ぱらいそさ、いくんだあああああああ!!」とゴシック文字で書かれた文章を見つけてしまいまして。一応、讀んでみるか、と購入してしまった次第です。
原作ファンとしては、やはり映畫であの短篇の素晴らしい結末がどのようになっているのかが氣になるところなんですけど、このノベライズを見る限り、惡くはありません。ただ原作といっても短篇ですから、それを映畫に纏めようとすれば、あの完璧な構成の物語に何か別の插話を入れて引き延ばしていかなきゃいけない譯で、そのあたりが心配といえば心配、……というかんじでこのノベライズに話を戻すと、その部分を受け持っているのが、ジャケ帶で阿部チャンの傍らに可愛いかんじでチョコンと突っ立っているノンノのモデル藤澤惠麻。
彼女が狂言廻しとなって、物語を引っ張ってていく譯ですが、プロローグとなる「前日」では彼女が見るという奇妙な夢が語られます。彼女、佐伯里美は民俗學研究室に所属する大學院生で、子供の頃、東北の隱れキリシタンの里で神隱しにあったという過去をもっています。どうやらその夢というのは、その神隱しに大きく絡んでいるようだ、という伏線が提示され、物語は、里美が以前住んでいた東北の隱れキリシタン村を訪れるところから始まります。
原作では「はなれ」と呼ばれていた例の村は、このノベライズではダムに沈む村という設定になっておりまして、ここで里美と稗田の出會いがあります。稗田はこのノベライズでは完全に傍觀者ですねえ。主人公は里美というかんじで話が進みます。
里美が神隱しにあった時にはもう一人の男の子がいて、その男の子は依然として行方不明のまま現在に至っている譯ですが、その子供は何処に行ったのか、そしてその神隱しと「はなれ」はどんな關連があるのか、というあたりが徐々に明らかにされていきます。しかし里美がこの村を訪れるときから村の周辺には小さな地震が発生していたりと、クライマックスで一氣に世界が崩壞する原作とは異なり、少しづつ少しづつ物語を盛り上げていく展開になっています。
で、一番氣になるのは、原作で強烈なインパクトを讀者に与えてくれたあのキメ台詞がこのノベライズ版ではいかほどに反映されているのか、ですよ。このキメ台詞というのはいうなれば歌舞伎で大見得をきるようなもので、性格の悪そうな神父に詰問されて「あ……?」「いんへるのいっただ」と呆けた顏で返事を返す重太や、クライマックスで三じゅわんさまが脇の下をポリポリしながら「へへ……へへへ……」と薄ら笑いを浮かべてみせるさまなどがシッカリと描込まれているのかどうか。やはりそのあたりが氣になって氣になって仕方がない譯ですよ。
で、結論をいえば、殆どのキメ台詞は網羅されています。自分が讀み落としているだけかもしれないんですけど、「けるびん!」はなかったような。ただ、細かいようなんですが、重太や善すさまの台詞に餘計な助詞をつけるのはいかがなものか。
例えば重太の「いんへるのいっただ……」は「いんへるのへいっただ」に「改惡」されているし、原作では一番の見せ所である善すさまの叫び、「みんな、ぱらいそさいくだ!」は「ぱらいそさ、いくんだあああああ!」に「改惡」されています。やはり原作ファンとしてはこういうディテールにも徹底的にこだわってもらいたかったですよ。そこが殘念です。
それとこれもクライマックスのところなんですけど、やはり神父がやけっぱちになって「うそだ!主はただおひとりだ惡魔……!」と善すさまにロザリオを握りしめて毆りかかろうとするシーンがカットされています。ここで善すさまの神通力が明らかにされる譯で、このシーンがあるのとないのでは、「ぱらいそさいくだ!」と絶叫する善すさまの言葉の重みが大きく違ってくると思うのですが如何でしょう、……ってこだわりすぎですかねえ、自分。
それとこのノベライズでは、生還した里美が重太や神父の現在を気に掛けるエピローグがあるんですけど、餘計な御世話というものです。原作における見開きのラスト二頁の素晴らしい餘韻がここではゴッソリ拔け落ちていて、代わりに餘計な插話が無理矢理押し込まれているところも原作の偏執的なファンとしては不満ですねえ。それでも原作を一度頭から取り去って、このノベライズ版だけを讀んでみればかなりよく出來たお話だと思います。その點では、原作のファンにこんなツッコミを入れられる作者の行川氏には申し譯ないんですけど、まあこれはノベライズの宿命でしょう。柳に風と受け流していただければと思います。
映畫の方は実をいうとあんまり興味ありません。だってねえ、阿部チャンは額にそり込みをいれ長髮の鬘をかぶって原作の稗田を忠実に再現しつつ撮影に挑んだのかと思いきや、ジャケ帶と公式ホームページを見た限りでは、額の禿げ具合はそれらしい雰囲気を出してはいるものの短髮ですし、おまけに眼鏡なんかかけて恰好つけているものですから、原作稗田が持っている異端者の雰囲気など微塵もありません。
ただ、白木みのるの三じゅわんさまは公式ホームページを見る限り、素晴らしくいい雰囲気を出しています。このノベライズ版では三じゅわん様は脇の下をボリボリ掻いていないんですけど、映畫ではこのあたりもシッカリと忠実に再現されているのでしょうか。白木みのるの、脇の下をボリボリしながらエヘラエヘラ笑っている「迫眞の演技」を期待します(寫眞は原作「生命の木」が収録されているジャンプスーパーエースの「海竜神の夜」。確か文庫でも「生命の木」が収録されたものがリリースされていた筈です)。