三浦しをん三作目。期待に違わぬ傑作でありました。
舞台は舊い因習が残る拜島、そして主人公は異界のものを見ることができる悟史という十八歳の少年。この村には義理兄弟の契りを結ぶ持念兄弟という習わしがあり、悟史と持念兄弟の幼なじみである光一の二人を軸に物語は進んでいきます。
三浦しをん初体驗であった「私が語りはじめた彼は」に収録された短篇では「予言」が、そして「むかしのはなし」では「ロケットの思い出」が一番のお氣に入りであった自分としては、今回のように、男の幼なじみの二人が物語の主役というだけで期待してしまったのですが、うーん、とにかく男二人の友情を描かせると、三浦しをんはうまい、というかうますぎますよ。
「私が語りはじめた……」や「むかしのはなし」と異なるのは、とにかく地の文が多く、物語の舞台となる拜島の樣子がじっくりと書き込まれていることでしょうか。
船で拜島に帰ってきた悟史の描写から始まる第一章から中程まで、「人の出入りを好まない」拜島のひとびとの樣子や、荒垣神社を中心とした島の土俗的な因習などがかなり詳細に描かれています。そのあいだ、島の人間が「あれ」といって忌み恐れる異界のものの存在などがほのめかされ、物語の舞台装置が完璧に整った中盤、十三年に一度執り行われる荒垣神社の大祭が始まるのを境に、物語は幻想小説或いは恐怖小説のような雰圍氣に変容を遂げていきます。
島の日常を描きながらも、少しづつ少しづつ不穩な雰圍氣を交えながら物語を進めていき、知らぬ間に異界の物語へと変転しているという構成は見事で、半村良の傑作群、最近のものでは篠田節子の「神鳥」を髣髴とさせます。実をいうと、自分が知っているもので一番似ている風格だな、と思ったのは諸星大二郎の某シリーズ(「い……い……いんへるの」「おらといっしょにぱらいそさいくだ!」)だったんですけど、まあ知らない人も多いと思うので、詳しくは触れません。分かる人だけ分かっていただければと。
中盤までにじっくりと仕上げた拜島という舞台に作者はどのような物語を紡ぎ出すことも出來た筈です。実際、本作の前半から立ちこめている不穩な雰圍氣や、出現する「あれ」と呼ばれるあるものに人間の力が介在していることを匂わせているあたりから、ミステリ的な物語にもっていくことも出來たでしょう。また後半、異界のものの正体が明かされたところで、モダンホラーに仕上げることだって可能だった筈です。
しかし作者はそのどれにもよりかかることなく、あくまで悟史と光一の二人の友情と交流を主軸に据えた靜謐な物語に固執します。この何処か覺めた、それでいてあくまで人間を描くことに熱い作者の思いがぐっと傳わってくる後半の展開には説得力があります。このあたりが三浦しをんの風格でしょう。
悟史たちの活躍によって拜島は日常を取り戻し、悟史が島を去るところで物語は終わるのですが、実は男二人の關係ということでいえば、本作にはもう一つ、大きな軸がありまして、それが荒垣神社の次男、荒太と、島の外からやってきたという犬丸の二人。
島の人間が餘所者を好まないのに、何故この大祭のときに、犬丸という餘所者が島に來たのか、そして神社の人間だけは何故持念兄弟を持たないのか、という謎が物語の最後に回収されるのですが、このあたりも本當に素晴らしい。
そして主人公である悟史が島を去ったあと、自分はこの素晴らしい物語の餘韻に浸りつつ、どうにもこの荒太と犬丸の二人が忘れられなくて、「この二人はこの物語のあと、どうなったんだろう」なんて考えていたんですけど、何と、第六章のあと、文庫用書きおろしの「出発の夜」というのが當にこの二人の後日談でありました。これがまた、いい。素晴らしく、いい。
男の自分でも悟史と光一、そして荒太と犬丸の二人にハマってしまうくらいですから、女性が讀んだらもう堪らないんじゃないでしょうか。傑作。とにかく多くの人に讀まれるべき物語だと思います。靜謐なホラーが好きなひと、幻想小説好き、そしてミステリ好きにも讀んでもらいたいですねえ。超おすすめ。