偶然ですね。今日、「ぼくの若竹七海な日常」の管理人のざれこさんからこちらの過去エントリにトラックバックがありましたよ。で、本日自分が讀み返していたのが本作でして。
というのも、現在ざれこさんのサイトで「若竹七海ベスト本投票」というイベントをやっておりまして、自分も参加しようと思っていたのですが、新作のレビューなどをしているうちに八月末の締め切りが迫ってきたので、とりあえず投票を濟ませてしまおうと思って、本作を慌てて讀み返していたのでありました。
若竹七海の作品すべてを讀破している譯ではないのですけど(「血文字パズル」や「青に捧げる悪夢」、「船上にて」などは未讀)、まあいいでしょう。次のエントリで投票します。
この作品、巷では連作短篇集という扱いになっているようですけど、解説で佐々木謙が述べている通り、実際は十五年前の殺人事件の謎を軸とした長編と考えてよいでしょう。
六つからなる各編は、夏美、マナミ、洋子など文藝部の部員それぞれが主役を受けもち、學校のシャワールームで起きた殺人事件を推理します。章ごとにさまざまな假説が提示され、それが否定されていくという展開は當に自分の好きな毒入りチョコレート系のそれ。皆が得意氣に推理を披露し、軽いツッコミでその假説が崩れてしまうという過程が當にツボですねえ。
全体を通して通奏低音のように流れているこの殺人事件を中軸に据えながら、さらに各編それぞれには辨當事件、転落事故、毒物事件などの謎解きが挿入されていて、それが後半に至るつれてこの殺人事件と微妙に絡み合ってくる構成も見事です。
さらに六編の冒頭に冴えられている現在のシーン。各編の語り手が結婚披露宴の場で過去の事件を回想するのですが、この披露宴が誰のものなのかは最後まで明かされません。最初の「スクランブル」で「犯人は金屏風の前に座っていた」と書かれていて、どうやらこの結婚式の主役が過去の殺人事件の犯人であることが暗示されているのですが、ここにもまた意地惡な作者らしい巧妙な仕掛けが隱されています。
実をいうとこの犯人、だいたい予想通りだったのですが、ひねくれている自分はさらに深讀みをしてしまいまして。というのも文字反転しますけど、
「スクランブル」は夏見がいうなれば主役の章ですけども、冒頭の結婚披露宴のシーンでは夏見の名前は出て來ません。
最後に添えられたエピソードで、この結婚披露宴のシーンは夏見が見ている場面だということが分かるのですけど、そこはアレ系のトリックを仕掛けるのに巧みな作者のこと、恐らくこの冒頭シーン、実は夏見が見ている場面ではないのではないか、そして本編の中で、小泉喜美子の名前が出ているのもまた怪しいと。
小泉喜美子といえばアレ系の傑作であるあの作品を思い浮かべてしまうのは當然な譯で、だとすると、この金屏風の「前」というのは、要するに披露宴の主役から見た視點で、だとするとここでいう「前」とは乃ち……なんて妙チキリンなことを考えてしまいましたよ。
まあ、いくら作者でもそこまでひねくれて考えることはなかった譯で、自分の考えすぎでした。反省。
最後の「オムレット」で犯人が明かされたかと思いきや、最後の最後でもう一捻りを加えて眞犯人を指摘するというあたりのシツコサも素晴らしい。この物語の後半で畳みかけるように転換を見せる構成は作者の得意とするところでしょう。
さらに夏見たちの毒のある會話が非常に愉しく、「ドグラ・マグラ」、「家畜人ヤプー」、アポリネールといった名前が出てくるだけでニヤニヤしてしまいましたよ。しかし女子高生でアポリネールとか「家畜人ヤプー」とか讀むんですかねえ。栗本薫はまあ納得出來るとして。
複数の假説と推理という毒入りチョコレートの系統に属する作品でありながら、アレ系の仕掛けまで施した贅澤な一品。おすすめです。