これは面白かったです。というか全然ミステリじゃありません。何というかSFですね。ある日主人公が特殊な能力を手に入れる、それと同時に日本の国はいやな方向に進んでいっている、主人公はその特殊な能力を使ってどうにかこの世界を変えようとするが、……と簡單に纏めてみればそんな話。舞台を昭和に變えれば半村良あたりが書いていそうな物語です。
最初は主人公やその周囲を取り巻く友人たちの會話がどうにも青臭くて仕方がなかったんです。ファシズムとか「戦争がなければそれでいいとか」要するに世間の分かっていない若者のような薄っぺらい會話に辟易しながら讀み進めていったのですけど、これらが總て後半の複線になっていたんですねえ。
特殊な能力を手に入れた主人公を尾行する影、そして何かを知っているようなマスターの存在。ファシズムを指向する野黨黨首。舞台設定は當に御約束の世界なんですけど、これが後半になって見事に効いてくる。
そして主人公はことを為し遂げようとするが、結局果たせずに、世界は破滅の方向へと流されていくことを暗示して、物語は終わります。
何か山上たつひこの「光る風」を思い出しましたよ。ただ伊坂幸太郎の軽さのある獨特の文體が物語の重くなるのをぎりぎりのところで食い止めており、後半の緊張感を演出しています。これは結構好きな作品ですねえ。
それともうひとつ。昨日氷川透の短編「あす死んだ人」はミステリじゃないと書きましたけど、もしかしてこの「エソラ」って、「ミステリ作家にミステリではない、新境地を開いた作品を書いて貰う」雑誌なんじゃないですかねえ。だから氷川透があのような自分の作風とは異なる作品を仕上げたというのも「エソラ」の編集者からのリクエストだったんじゃないかな、と思いました。それとも伊坂幸太郎って、ミステリ以外にもこういうかんじの作品を書いているんですか?自分は「重力ピエロ」だけ讀んで、こりゃ自分には合わないわ、と感じて以來、他の作品に手をつけていないので……。