もう最高。
とにかく頁を繰るのが愉しくももどかしく、ハラハラしながら大いに爆笑させてもらいました。
リレー小説といえば、バトンを引き繼ぐ後續の人間が、前の人間の伏線を汲み取りかつ物語の整合性を保ちつつも、いかにして自分の個性を出していくかというのが腕の見せ所です。
本作の場合、問題編となるべき冒頭の第一章「惡魔の犯罪」を飾るのは二階堂黎人氏。とにかく「魔術王事件」を髣髴とさせる事件の發端がこれまたいいんですよ。
北海道は小樽の運河で、ウェディングドレスを着た死体が発見されるのですが、その死体というのが、いったん頭部から脚までの部位を切断してそれを手術用の縫合針で繼ぎ合わせたという獵奇さで、當に二階堂氏の小説では御約束の大袈裟な惹句をそのままに「驚天動地の大事件」として物語は幕を開けます。
さらにはこの殺人事件を撮影したと思われるスナッフビデオが新聞社に送られてきたことで、殺人鬼「墮天使」の名前が明らかになり、苫小牧ではバスの中から額に黒い穴の開けられた男の死体がゴロゴロと発見される。果たしてこの事件と小樽の獵奇殺人事件の關連は、というところで柴田よしき氏の筆になる第二章「天使の婚礼」へと引き繼がれます。
ここでは二階堂氏の扇情的な作風からは一転して、弓子という女性と、第一章で登場した美人警部の美科由紀子との關係が語られます。正直、この柴田センセの筆はぬるくていけません。おしとやかに過ぎるというか。
小樽の事件で重要な小道具として使われたウェディングドレスの曰わくが伏線として登場するのですが、さらにここでもう一つ、密室殺人が用意され、三番手の北森鴻へとバトンは渡されます。
で、第三章「墮天使の来歴」で北森氏のハジケっぷりが素晴らし過ぎるんですよ。
第一章の苫小牧の事件で監禁された新聞記者村上を章の冒頭に登場させてしっかりと、前の二人が仕掛けておいた伏線と舞台設定を引き繼いだのはいいものの、「世にいう『墮天使殺人事件』の凶々しい風は、京都にも吹いていた」なんていって、北海道を中心として物語を展開させていくつもりだったと思われる二階堂氏の思惑を見事に裏切るかたちで、墮天使殺人事件を全国各地に擴散させてしまいます。
さらに素晴らしいのは、謎めいた住職の推理という體裁に纏めつつも、事件の背後には眞言立川流があるとかいうことにして、怪しげな宗教が關係しているとブチあげます。
で、後續をつとめる先生方はこの北森氏が登場させた眞言立川流をどうするかということで散々振り回されてしまう譯ですよ。で、皆さんこの処理に困りつつ、ああでもないこうでもないと物語の主題は眞言立川流からさらに妙チキリンな方向へと進んでいき、大變なことになってしまいます。
續く第四章では篠田真由美氏が「默示録の獣」と題して、「墮天使」という名前から當然のごとく連想される「ヨハネの默示録」や惡魔の紋章などのアイテムを引っ張り出してくるのですが、二階堂氏が出していたビデオの映像について手掛かりを提示して手堅く纏めつつ、第五章を担当する村瀬継弥氏へとバトンを渡します。
第五章「墮天使、空を飛ぶ」では再び墮天使が新聞社にファックスを送りつけてきて自らの犯行を誇示します。
北森氏がブチあげた眞言立川流という困ったアイテムをさりげなく無視しつつ、自分のフィールドである洋モノから「ヨハネの默示録」を取り出してきて、(恐らくは)二階堂氏の当初の構想に沿った西洋の神、惡魔、墮天使といった主題へと引き戻しをはかった篠田氏でありましたが、その思いもむなしく、茶目っ氣のある村瀬氏は、ウェディングドレスからの連想でこれまたベタな和モノといえる羽衣伝説を引っ張り出してきます。
墮天使の犯行宣言通りに、死体が葛山から発見されるのですが、この章ではこの不可能犯罪について素人探偵たちがひとしきりの推理合戦を試みます。結局この葛山の事件について一つの解答が提示されるものの、そのほかについては放り投げたまま、村瀬氏は「『墮天使殺人事件』は、全く先の展開が読めない」の一言を添えて、第六章の担当する歌野晶午氏へとバトンを渡してしまいます。
さすがキャリアの長い歌野氏は手堅く物語を纏めようとしていまして、第六章「柩の花嫁」では再び舞台は北海道苫小牧へと引き戻されます。美科警部を再登場させて、今までの経緯を推理しつつ、最後にはええっ!というようなメタな仕掛けを披露してくれるあたり、やはりただものではありませんでした。
第七章の担当は西澤保彦氏で、「殺戮の聯環」では被害者たちのミッシングリンクを探ろうと試みるのですが、再びここでもう一つの死体が発見されることになります。最初の方からいかにも怪しかった或る女性に關連して、そのミッシングリンクへと繋がる事件が語られます。この事件が後々伏線となって物語はいかにも合理的なところへ着地するのかと思いきや、……續く小森健太朗氏がこれまた事件をトンデモない方向へと持って行ってしまうんですよねえ。
第八章「 アージニャー・チャクラの戦慄」。もうタイトルからしていかにもヤバそうな雰囲気がムンムンと漂ってくるじゃないですか。それでも最初の方は前の西澤氏の意向を汲み取り被害者たちの接點について警察側の推理を語らせてみたりしていたのですが、西澤氏が出してきた事件の舞台であったゲームセンターの名前がいつも間にか「ミラレパ」になっています。もうこうなったら、タイトル通りの怪しいフィールドへと突き進むしかありません。
二階堂氏が最初に出してきた苫小牧の事件において、被害者の男性たちが總じて額に黒い穴を開けられて殺害されていたという事実を見事に「惡用」してみせてくれます。
しかし流石にこれを警察の推理で語らせるのはやりすぎと考えたのかどうだか、小森氏は涼しい顔をして、物語をトンデモない方向へと引っ張っていってしまった張本人、北森氏が出してきたキャラである住職を再登場させ、タントラ、カーギュ派だのといったチベットネタと「墮天使」を強引に結びつけてしまいます。小森氏、だからやりすぎですって。
これだけではまだ足りない、祭だ祭だとばかりに、最後は「次に起こった事態は、たくましい住職の想像力をもってしても、到底予測しえないものだったからである」として、眞言立川流にチベット密教まで持ち出してきたんだから、次はもっともっとハゲしいのを期待していますよぉと後續の人間を焚きつけるような言葉を殘して第八章は終わります。
さてこのハチャメチャな要素を詰め込まれて、二階堂氏の思惑とは明らかに異なる、あさっての方向へと進んでしまった物語を引き繼ぐのは谺健二氏。
しかしここで谺氏は小森氏の路線に卷き込まれては自爆は明らかとばかりに、物語を完全に自分の土俵に引き込んでの勝負に出ます。
何しろこの第九章「 “堕天使”の最期」は冒頭から、「港北新聞紙へ そろそろゲームも佳境です 愚鈍な警察諸君 いい加減にボクをとめてみたまえ」と「あの事件」のネタを添えながら、事件をこれまた自分のフィールドである關西方面へと戻します。しかし谺センセ、この冒頭の墮天使の語り口、二階堂氏や北森氏が披露していた墮天使とは全然キャラが違っているんですけど。まあ、このへんは完全にご愛敬と鯉口刑事まで登場させて、墮天使と警察との丁々發止のサスペンスフルな展開で盛り上げます。墮天使が自滅し、事件が終わったかに見えて、……というところで、再び本物の墮天使が再登場し、警察を翻弄したところで、次へとバトンは引き繼がれます。しかしこの最後に墮天使が鯉口を嘲笑するかのように囁く台詞が強烈。
いいか。この世には大天使ミカエルも、聖ゲオルギウスもジークフリートもいやしない。我が内なる竜は水辺に死体をまき散らしながら天へと昇り、地上と天界を混沌と闇の中へと突き落とす。お前達は未来永劫サタンの見る夢となって、ウロボロスのはらわたの中を彷徨うんだ。
このぞっとするようなおぞけを感じさせる言語感覺は當に谺健二が大傑作「赫い月照」の作中作で見せてくれたものと同質のものでしょう。やはり天才です。
續く第十章を担当する愛川晶氏は「探偵、登場!」というタイトルでこれまた事件を解決してしまおうという暴擧に出るのですが、これがまたハチヤメチャ。事件の謎をすべて解いてやるとばかりに少女探偵がひとしきり推理を語っている最中、墮天使の企みで探偵がやられてしまいます。最後には極めつけに讀者への挑戦が添えられるのですが、これがもう大爆笑。
読者への挑戦
解決に必要な条件はすべて提示しました。読者の皆樣は、今後の展開を予想し終えてから、解決編へとお進みください。
……そうだ、俺も、密室のトリック、考えてみなくちゃなあ。
もうこれだけシッチャカメッチャカにされてしまった物語をどういうふうに集束させるのか、アンカーの腕の見せ所な譯ですが、大トリを飾る芦辺拓氏は流石です。これだけの破天荒な物語にシッカリとした推理を添えて物語に一定の道筋をつけながらも、二階堂氏が構想していたと思われる墮天使と探偵との対決という見せ所もチャンと用意してくれていますよ。
更には、その惡の墮天使が誕生したいきさつまでもが語られ、この殺人鬼がこの世に生み出されるきっかけをつくった張本人が勸善懲惡の圖式で裁かれるという幕引きもいい。そして當に本作が「探偵小説」であったことを宣言するかのような大団圓と、ラスト。このエンディングは當に芦辺氏じゃないと出來なかったものでしょう。もう最高です。
という譯で、各の作家の個性がでまくって破天荒な物語に仕上がっているものの、惡ノリが過ぎた北森氏や小森氏の後始末もシッカリとつけてくれた芦辺氏の手腕にとにかく脱帽。
北森氏は確信犯だったのでしょうけど、個人的には冷静さを装いつつ、北森氏の惡巧みに便乗して物語をトンデモない方向へと進めてしまった小森氏に敢鬪賞を贈りたいですねえ。
実は本作の一番のお樂しみは、物語が終わったあとに後書きのかたちで添えられている「「墮天使殺人事件」 – 私はこう予測した」の部分です。各人がいかに前の人間の伏線を汲み取りつつ、事件の真相を暴こうとし、それがまたどんどんとあさっての方向へと進んでいってしまったのか、そのいきさつが書かれていて大爆笑ものです。
とにかく最高に愉しめました。またこういう企畫は是非やっていただきたいですねえ。勿論事件をキチンと正しい方向へと軌道修正していく人も必要なのは充分承知しているのですけど、やはり惡ふざけが過ぎれば過ぎるほどこういうリレー小説は面白くなるので、今度は飛鳥部氏や霞氏をメンバーにくわえて新しい物語をつくっていただきたいものです。