心に突き刺さる慟哭の一編。
作者の作品は初めてなので、正統な評價が出來ているかどうか甚だ心許ないのですけど、ミステリ・フロンティアの作品の中ではかなりの異色作ということになるでしょうねえ。
というのも、本作は謎の解明に力點がおかれている譯ではなく、登場人物たちのそれぞれの思惑と疑心が悲劇的な事件を引き起こしていくという展開が見所の作品でありまして、ジャケ裏の作者紹介にもある、「閉塞状態に置かれた少女たちの衝動や友情を描いた作品」という文章に偽りはありません。
「中学二年生の一年間で、あたし、大西葵十三歳は、人をふたり殺した」という告白で始まる本作は、ほとんどがこの主人公である葵の一人稱で語られます。
生活能力のない母親、そして昔は優しかったのにいつからか粗暴な男になってしまっていた義父の存在といった彼女の周囲の人間たちが葵の性格に暗い影を落としているのですが、それでもこの物語における彼女の語りは淡々としています。
葵が秘かに戀いこがれている男友達の田中や、義父を殺した時に姿を見せた刑事など、葵の廻りには少し手をさしのべれば彼女の力になってくれそうな人もいるのですけど、その一言を口にすることが出來ずに、結局、ずるずると惡い方に惡い方向へと物語は進んでいくところが何というか。
彼女を殺人者の道へと突き落としたのは、學校ではおとなしそうな図書委員だが、一歩外に出ると服裝と樣子も一變するゴスロリの静香。
でこの静香の造形が何かとらえどころがなくて、最後の最後まで彼女が本當は何を考えているのか分かりません。中盤まで葵はこの静香に煽られるようにしてずるずると自分の立場を惡い方へと持って行ってしまう譯ですが、唐突に挿入される静香の告白の章を經て、物語を占めている風合いが少しばかり變わります。ここで静香は自分の過去を語ろうとするのですが、この物語の外にいる讀者には彼女の語りが眞實であるのかどうかは見えてきません。
しかし葵はこれまた静香の言葉通りに、或る人物を殺す企みに加担することとなり、後半は葵の心の動揺そのままに、静香の方が正しいのか、それとも今まさに自分たちが殺そうとしている人物の方かで搖れ動き、サスペンスフルに展開します。
結局この後の展開はやや予定調和的なのがちょっとアレなんですけど、犯行をたくらむ間の、稚拙ながらも妙に冷静な静香と葵の調子と、いよいよ意識的に殺人を犯してしまった後の二人の動揺との落差が痛々しい。
振り向いてくれない大人たち、そして戀いこがれながらも自分の気持ちに氣がついてくれない男友達。主人公を取り卷く痛々しい人間關係と、物語の舞台である島の色鮮やかな情景との對比がまたこの物語の展開を引き立てています。
正直、ミステリにおける謎らしい謎はないので、從來のミステリ・フロンティアの作風を期待するとまったくアテが外れてしまうでしょう。作者の作品って、みんなこんなかんじなんでしょうか。正直、自分にこの作風の「痛み」はかなりツラい。「慟哭の」という惹句に偽りはありませんが、物語の餘韻はひたすら心に突き刺さり、後味も惡いですよ。
「閉塞状態に置かれた少女たちの衝動や友情を描いた作品」というのが當に作者の作風であるならば、ファンは必讀ということになるでしょうけど、自分のようなミステリ・フロンティアというシリーズを追いかけているミステリファンにはちょっと微妙、というところでしょうか。ただ、このシリーズ中の異色作という點では讀んでおいて損はないと思います。