飛鳥部氏、岡部女史の二編が収録されていると耳にして購入したものながら、その他にも怪奇幻想溢れる秀作が目白押しの、非常に美味しい一冊でありました。
収録作は、キ印語りからはじまり不可解な死との連關が生み出す歪みが絶妙なオチへと繋がる春日武彦「一年霊」、憑依という言葉に隠された二つの意味を重ねて、女の情念と怪異の混淆を巧みな筆致で描き出した岡部えつ「奇木の森」、押しかけ厨のキ印話がおぞましい捻れを見せていく松村比呂美「溶ける日」、人形の呪いという定番ネタながら怨念力の容赦のなさが怖気を誘う三津田信三「ついてくるもの」。
悪魔の音楽を求める奇天烈二人組の行く末を敍情的なメルヒェンへと仕立て上げた傑作、黒史郎「ゴルゴネイオン」、記憶と騙りの交雑を絡めた結構に生理的嫌悪感を催すアレネタにミステリネタのアレネタをブチ込んだ展開が清々しい飛鳥部勝則「穴」、ボッタクリ島でヒドい目にあった連中の顛末が最後の一文で見事に決まる福澤徹三「やどりびと」、虚構の中に織り込まれた現実の断片を注解というかたちで調理した手際が実話怪談フウの怖さを立ち上らせる井上雅彦「抜粋された学級文集への注解」。
とあるものに憑かれた從妹との絆と思いを美しくも壯絶なSF幻想へと昇華させた傑作、上田早夕里「眼神」、憑依ネタといえば「きちがい便所」の激しすぎる狂気も記憶に新しい平山ワールドで、未だかつてない極悪ぶりを開陳して読むものの神経を逆撫でする平山夢明「箸魔」、だめんず女のキ印語りが転じて、怪異なのか妄想なのか理解に苦しむネタに風俗世界も絡めてさらりと仕上げた岩井志麻子「憑依箱と嘘箱」。
「ザ・カー」ネタというストレート過ぎる趣向ながら、くるまにあ的には手に汗を握る筆致がツボな町井登志夫「スキール」、日記の抜粋という構成から死の重なりとあるものの繋がりが怖気を引き寄せる菊池秀行「陽太の日記」、仏法バーサス怨霊を朝松ワールドならではの血湧き肉躍る筆致で活写した朝松健「生きてゐる風」、他全十八編。
岡部女史の「奇木の森」は、タイトルにもある奇木の曰くが最後に明かされるところが怪異としてはキモながら、井上氏が序文に書かれている「憑依」という言葉が持っている二つの意味、――「ポゼッション」と「オブセッション」を重ねた結構が素晴らしい。
妙チキリンなまじない屋の仕事場訪問という点では、「ポゼッション」が前面に押し出されているものの、その語りが次第に歪みを見せ始め、読者の先入観をひっくり返すようなかたちで捻れを見せていくうちに語り手の「オブセッション」が明かされていく中盤以降の展開が男性読者にはリアルで怖い。もちろんそこには岡部怪談ならではの女の情念が隠されてい、それが哀切を誘うとともに「オブセッション」へと転じていく過程を巧みな筆致で描き出していくところが秀逸です。収録作は「ポゼッション」という点から憑依というテーマを扱った作品が多いなか、「オブセッション」と「ポゼッション」の二つを見事に重ねて、怪異と情念と恐怖を描き出しているという技巧面でも個人的には一番のお気に入り。
三津田氏の「ついてくるもの」は、ヤバい人形を拾ったばかりにヒドい目にあうという定番ものの展開をトレースした一編ながら、呪いの力が半端ないところがキモ。もうやめてくれ、と叫び出したいくらいに、主人公の廻りの人間がバッタバッタと呪われていく過程は最高に恐ろしいのですけれど、これまた語りの外で後日談的に語られる最後の一文もイヤーなかんじでシメてくれます。怖い、という点では、収録作中、個人的には一番でした。
怖いというより、イヤ怖い、という点では、平山氏の「箸魔」が最強。何かがとりついている箸に魅せられた人物のウップオエップな逸話が最高にアレなら、このキ印を追いかけてきた人物たちを不意打ちのかたちで襲撃するオチの極悪さもこれまた容赦なし。出来ればこのオチのために読み返したくない、というほどに読むものの神経を逆撫でする素晴らしい一編です。
飛鳥部氏の「穴」は、探偵小説フウの落ち着いた語りに隠された騙りの技巧が冴えた一編ながら、当然それだけでは終わらず、シヨーン・ハトスン萌えーという御仁は勿論のこと、ニョロニョロ、ギトギト大好きッ、という変態紳士にも強力にリコメンドしたい逸品です。
上田早夕里氏の「眼神」と黒史郎氏「ゴルゴネイオン」は、「奇木の森」と並んで、収録作中、一番のお気に入りで、「眼神」は、從妹同士のほのかな戀情を通奏低音に、異界の超常的存在と憑きものを絡めた物語が、どこか懐かし風味のSFながら、期待を裏切らない展開、そして予想通りの悲劇的結末がもの哀しい。
「ゴルゴネイオン」は「獣王」にも通じる美しきメルヒェンで、それを聴いたものはトンデモないことになる、という音楽を搜しもとめる二人組を描いた物語。どこかとぼけた語り手とコンビを組む耳の聞こえない人物、この二人の交流が、最後に哀切極まる結末へと流れていく結構も盤石なら、それを音楽にのせて完璧に「描」き出した技巧も素晴らしい。
町井氏の「スキール」は、何かが憑依した車が大暴走という一発ネタで強引に物語をドライブしていくふっきれた様が痛快な一編です。ランエボなど実在する車名が出てくるところが、くるまにあ的にはマルで、最後の対決まで手に汗を握る展開がいい、――といいながらも、細やかな技巧を凝らして読者を幻惑する秀作が居並ぶなか、この作品だけが妙に浮いているような気がしないでもないでもない、――しかし車好きとしてはこの一編は大満足。
というわけで、いずれも素晴らしい作品ながら、個人的な好みは、「奇木の森」、「ついてくるもの」、「ゴルゴネイオン」、「穴」、「眼神」、「箸魔」でしょうか。正直、一冊としてもかなりのボリュームだし、平山氏「箸魔」や三津田氏の「ついてくるもの」など、容赦ない作品もあったりするので要注意。ミステリ読みも、ホラーファンも、怪奇幻想、怪談マニアも満足できる全方位的な一冊といえるのではないでしょうか。オススメ、でしょう。