レアもの大放出。
出版芸術社のふしぎ文学館といえば、最新刊の「べろべろの、母ちゃんは……」をはじめとして、とにかく普通の人だったら絶対に思いつかないような素晴らし過ぎるセレクトで自分のようなキワモノファンの期待に120パーセント答えてくれるシリーズもの、ですよねえ。
アンソロジーである本作も期待に違わず、こんなトンデモ見たことない!と思わず叫んでしまいそうな程の妖し過ぎる短編が目白押しでありまして、「怪奇探偵小説集」の編集で怪奇幻想小説に対してもそのマニアぶりを見せつけてくれた鮎川御大に加えて、本作ではあの芦辺氏も参加。
歴史的傑作「紅楼夢の殺人」をものにした芦辺氏も、本作の編集に参加したことで稀代のキワモノ怪奇幻想小説マニアであることをカミングアウト。そんな二人の熱気とマニアぶりが一般人を寄せ付けないほどに凄まじい妖気を放っている本作、最初を飾る鷲尾三郎の「魚臭」からして普通じゃありません。
戦争中、航空少尉として台北にいた主人公は、妻を台湾へと呼び寄せるのですが、妻が乗っていた船は、長崎から台湾の基隆へと向かう途中にアメリカ魚雷の襲撃を受けて撃沈。やがて彼は妻が魚になって自分を訪ねてくるという夢を見るようになって、……という話。
まずもってタイトルに「臭」という漢字を当ててしまうセンスに脱帽ですよ。見合い結婚してからすぐに台湾への出動命令が発せられた為、主人公は新妻とエッチもしていない譯です。ですから魚の姿となって現れた妻にいうことといった勿論そちらの話でありまして、
「芳子。そんなにぼくから離れていないで、もっとぼくのそばへ来たらいいじゃないか?ねえ、何もぼく達の間で遠慮するには及ばないよ。ぼく達は形式的な式だけはすましたんだが、しかしぼくは一度も君をこの腕の中へ、抱きしめたことはなかったんだ。さア、もっとも恥ずかしがることはないよ。ぼくのそばへおいで……」
「ええ、でもあなたは人間だし、私は魚なんですもの……」
「なアに、そんなこと、どうだって構やしないじゃないか?」
「そうかしら……。だって人間と魚じゃどうにもならないんじゃない?それにあなた、私をお抱きになっちゃビショビショになってよ。私の体グショグショに濡れているわよ」
「濡れていたって構うもんかね?」
「だってあなたの夜具が濡れるわ」
「いいんだよ。明日干場で乾かしちゃうからさ……」
「フフフ……。おねしょしたみたいに思われてよ」
「いいんだよ。そうじらさないで、さア、こっちへおいでよ」
そしてこの後、主人公は魚となった妻と交わるのでありますが、濡れてぬめりを帶びた妻の體を抱きしめても、ツルリヌルリとするばかり、世の中がスッカリ厭になった主人公は自分も魚になるッと妻に告白し、……。果たしてこれは主人公の夢だったのか幻想だったのか、その結末を曖昧にして終わるこの物語、今の作家だったら絶對にインスマウスネタで書いてしまうと思うんですけど、本作はベタベタの和モノ。そういう意味ではあの時代だからこそ書けた小説ということも出來るでしょうかねえ。
川島郁夫の「肌冷たき妻」は、黒部渓谷に登ろうとした私が奇妙な老紳士から聞いた話、というスタイルで、例によって物語はこの妖しい老紳士の語りで進みます。年下の間男と驅け落ちした妻が立山で行方不明になったと聞いた私(妖しい老紳士)は、ひとりでこの山に登ります。遭難寸前である山小屋に行き着いた私は、夜に「ク、ク、ク」という女の声を聞く。山小屋の管理人が妻をこの小屋に隱しているに違いないと確信した私がとった行動とは、……という話。間男と一緒に驅け落ちされても妻に執着する男の妄執が恐ろしい。
楠田匡介の「硝子妻」はトンデモな硝子の研究に勤しむキ印博士が御登場。それに復讐譚を絡めたお話で、この発明と復讐が最後に理解不能な幕引きで結実するラストは何ともですよ。
本作のベスト3に入れたいのが、次の四季桂子「胎児」。胎児の一人語りですべての物語を展開させるという発想がまず凄い。夫を殺した女の腹の中にいる胎児の独白で話は進むのですが、妊娠したことを知らないママ、そして胎児のところに現れる男の意識體などを絡めて最後に迎える鬼畜なラストは何処かもの哀しい。尚、作者は狩久の奧さんとのことで、この異樣な発想と雰圍氣は旦那の風格をシッカリと受け繼いでいますねえ。素晴らしいです。
赤沼三郎の「人面師梅朱芳」は乱歩とかあの時代の探偵小説を髣髴とさせる構成が光る好篇。人面師梅朱芳と名乘る男の手紙だけで話が進むのですが、何でも他人にクリソツな面をつくるのを生業としているこの男、ある男の顔をそっくりに仕上げて秘密パーティーに參加させたものの、男はマスクを取らないままに失踪。どうやら男はマスクの人物になりきって何かをたくらんでいるらしい。そのことを知らせる為にこの人面師はマスクの男の妻に手紙を送り、……という話。
妻の前に男が二人現れ、どちらが本物か確かめる妻のことを描きつつ、最後にトンデモない事実を明らかにして女を奈落の底に突き落とすというラストがいい。キチンとミステリのドンデン返しが用意された佳作です。
夢座海二の「変身」は脱獄囚の名前を騙る男が私にある事実を語る、という話なのですが、完全にキ印まるだしの語りが夢野久作テイスト。男は自分を新聞に載っている脱獄囚の一人だと名乘ったかと思えば、醫學博士だといい、更にはゴリラと血を分け合った兄弟だといい、……というかんじでとにかく何が何だかですよ。
二転三転、錯綜しまくる男の語りは混迷を極め、最後には本當のところどうなんだよッというツッコミも無視して、語り手がウ、ウオオ……ウ、おオオオオとゴリラの雄叫びをあげてジ・エンド。このトリップ感はもう讀んで体感してもらうしかありませんよ。
和田宜久の「忘れるのが恐い」は健忘症に襲われた男の妄執が悲劇を引き起こして、……という話なんですけど、もの忘れド忘れが酷い自分にとっては當に眞性恐怖小説。淡々とした文章が、進むごとに鬼気迫る恐怖と混乱へと突き進んでいく展開はうまい。短い乍らも、なかなか讀ませる佳作に仕上がっています。
悪魔主義の大家、渡辺啓助御大の「人魚」は中國北京を舞台にした怪しい物語で、御大得意の異國情緒溢れる筆致が冴え渡る一篇です。女の語りと、女が話しかける先生こと「僕」の會話が地の文に交錯しながら進む幽霊譚で、最後のドワッと出てくる食人系のグロネタが開陳されるあたりが気色悪い。やはり語りのうまさという點に關しては流石だな、と思わせる風格がありますよ。
そしてこれまた収録作品中では三本の指に入る超怪作、辰巳隆司の「人喰い蝦蟇」は、食用蛙を巨大化させる研究に勤しむマッドサイエンティストを描いた物語。グングン大きくなるごとに惡臭を放つ蝦蟇の描写と、全裸に猿轡をされた美女に迫る大蝦蟇という構図が素晴らし過ぎます。そして最後に明らかにされる博士の怨念とその復讐の結末のギャップがかなり脱力の一篇でしょう。
鮎川哲也御大の「怪虫」も、怪獸ものにこちらが期待するテイストを120パーセントブチ込んだ怪作で、これまた巨大化した芋蟲の描写がトボけていつつも妙に怖い。これが「黒いトランク」と同じ作者の手になるものとはとうてい信じられませんよ。
土岐到の「奇術師」もかなりお氣に入りの一篇ですねえ。來月に公演を控えた奇術ショー。奇術師が病気で出演出來なくなったと聞いた文藝部長の私は、伝説の奇術師に代役を依頼すべく彼のもとを訪れます。その町で開かれたお祭に出演していた奇術師が見せた一世一代の奇術とは、……という話。芸にかける情熱と狂氣が、最後に明かされる眞相によって何ともいえない壯絶さを見せるラストが凄い。オチと仕掛けが見事に決まっています。
何だかまたまた長くなってしまったので以下は簡單に。
光波耀子の「黄金珊瑚」も、SFの侵略ものを主題に据えながら、何処か靜謐な雰圍氣が物語全體を包んでいる好篇です。
左右田謙の「人蛾物語」は、失踪していた弟の語りで進む話で、迷い込んだ怪しい屋敷で半人半蛾の美女(っていうのか?)を見てしまった男の堕落を描いた物語。半身半獣といっても、人魚とかならまだ艶氣がありますが、蛾っていうのはちょっと……。怪しいテイストはムンムンですけど、毒蛾や毛虫が苦手な自分としてはいくら顏は美女でも萎えてしまいますよ。
村上信彦の「永遠の植物」は、前出の「肌冷たき妻」と似た構成を持った物語です。自分の娘とその戀人が釧路の祕境に足を踏み入れて、というのを語って聞かせるという話。祕境幻想譚が聞き手のツッコミによって狂氣へと轉じる幕引きが冴えている一品で、これもかなりお氣に入り。
という譯で、全編マイナーながらもかなり樂しめるものばかり。これは續く第二夜に収録されている芦辺氏のあとがきで知ったのですが、このふしぎ文学館の担当編集者がもの凄い人みたいですよ。
芦辺氏が本作に収録するべき作品の名前を口にすると、この編集者がいや、その作家は今度短編集を出すことが決まっていて、と切り返すという具合で、とにかくこの編集者は、マイナーだけど傑作というものは全てカバーしていますよ、という譯です。この、芦辺氏いわく「恐るべきビブリオマニア」溝畑編集者には、是非ともふしぎ文学館で狩久の作品集刊行を検討していただきたいと思いますよ。自分的にはこの溝畑氏は當に神、ですねえ。尊敬します、というか崇めてしまいますよ本當に。
だいたいのアンソロジーは讀んでしまったし、というキワモノマニアにとっては隱れた聖典ともいえる本作、巻末の日下氏の手になるアンソロジーリストの資料價値も高く、持っていて損はない一册といえましょう。おすすめ。