前回の續き。その内容のあまりの濃さから三回に分けてジックリネチネチとお送りして参りました本作も今日が最終回。今回は後半の殘り五編のレビューとなるので、前置きはこれくらいにして早速本題に移りたいと思いますよ。
「狩猟小屋夜ばなし」はある旅行会社が企畫したインド狩猟旅行に參加した面々が、小屋のサロンで奇妙な話を持ち寄って、……という話。物語の結構は最近レビューした作品の中ではあせごのまんの「余は如何にして服部ヒロシとなりしか」収録の「浅水瀬」や、「 怪奇探偵小説傑作選〈5〉海野十三集―三人の双生児」のなかの「恐ろしい通夜」に近いものの、こちらは最後を寸止めで終わらせるというオチなしの幕引きが何ともいえない脱力感を釀し出す一品です。
まず最初の語り手は東北訛りの酷い旅行ガイドの男でありまして、アメリカの金持ちの下男として初めてインドにやってきた彼は、インチキ聖者に騙されてこの香具師の妻となった女性を見初めてしまいます。そして自分が彼女を助けてあげなといけないッという使命感に目覺めた彼は、彼女と一緒に夜の逃避行を企てる。
この元貴族夫人のインド女性と夜の砂漠でエッチして、敵方の繰り出したジープからも逃げまくる譯ですが、結局警察に捕まり、ジ・エンド。女性はインチキ聖者の元へと返されたのですが、後日、彼女がトンデモない罰を受けたということを知って……。
何よりこの寿行センセばりのエグ過ぎる拷問シーンがいい。女の体に蜂蜜を塗たくって、なんて聞くと陰氣なキワモノミステリファンとしてはムラムラしてしまう譯ですが、話の舞台はまだまだ土俗的な因習の色濃く殘るインドの山奧でありますから、そんなお色気ムンムンの結末で終わる筈がありません。
モリの中にニョッキリ屹立している「あるもの」の上に姦淫をなした女を跨らせて、……という凄まじさ。そのほか、前立腺マッサージの快樂に目覺めてしまった泌尿器科の醫師の話や、幼少の頃を中國で過ごした貿易商の纏足嗜好の話が續き、最後の最後、そのエグいものが開陳される寸前で物語は終わります。
何ともな脱力感が漂う幕引きの呆氣なさと、全體的に輕めの物語に纏めてあるところが少しばかり不満といえば不満でしょうか。しかしこの前の「わが初恋の阿部お定」もそうでしたが、この二編はいうなれば「菜人記」を讀了してクタクタになった頭をクールダウンさせるための清涼剤。續く「美女降霊」あたりからだんだんテンションが上がってきますから油断は出來ませんよ。
「美女降霊」は本作に収録されている作品の中では最高に笑える一編です。事故で亡くなった妻の魂を靈媒師に召喚してもらうという設定からしてかなりトンデモな譯ですが、語り手の男は大眞面目。むっちり肥った女靈媒師の描写から始まる本編、最初はいかにも神妙な雰圍氣で進むのですが、靈媒師の老人が亡くなった妻の職業を尋ねるあたりからモワモワと脱力ムードが立ちこめて参ります。
語り手の私いわく、妻の職業は「前衛舞踏家」。しかし妻といってもこの男、妻子がありながら娘の授業参観に行った際に体操教師をやっていたこの女性を見初めてしまい、妻には内緒で離婚屆を提出、そして彼女と同棲を始めてしまったといういきさつですから、靈媒師の前ではシレッと妻なんていってますけど実は愛人なんですよ。で、靈媒師に嘘をついているから呼び出される霊もとうていマトモなものではありません。
いよいよ儀式が始まると、靈媒デブ女の體がユラユラと搖れ始め、「ホエーホエー」「ワエー、おらを呼ぶのは誰だがや」なんて訛りまくりの陰氣な男の声で叫び出したから吃驚仰天。結局この靈というのは即身仏として入滅した僧侶のものと判明し、召喚の方はひとまず小休止。そして再び儀式が始まるや、そのあとはただひたすら語り手と愛人との生活の回想が續きます。
體育教師を辞めて前衞舞踏家としてやっていくと張り切る彼女と上京し、小狹いアパートで同棲を始めた二人は、渋谷の小劇場で初公演を行うところまでこぎ着けます。しかし何しろ舞踏といってもその前に前衞の言葉がつく譯ですから、内容も内容ですよ。
この初公演は全裸に消化器の泡を纏って轉げ回るという代物で、このほかにも「碎いた氷の中に横たわり、巨大な銀皿に乘せられて、半裸の男にたちにかつがれて入場」したり、ホモの男に鞭でシバかれたりと藝術いうよりはその内容はマンマ見世物。彼女の珍奇な探求心はついに即身仏の修業を舞踏に取り入れることを決意、そして山伏の衣裝で舞台に登場した彼女は、……。
男の回想の間に彼女のモノローグが挿入されるのですが、果たして男は本當に彼女の霊と相まみえることが出來たのか、そのあたりを投げやりに放り出したまま、最後は樣々な霊魂が「ホエー」「ワエーおらにも語らせろや」と入れかわりに現れてはデフ女の靈媒に取り憑いてジ・エンド。ホモの朝鮮人を交えて、語り手の私と女との倒錯した三角關係や、前衞舞踏の珍妙な題目が強烈なナンセンスを釀し出している最高の一品です。
續く表題作「べろべろの、母ちゃんは……」は少し頭の足りない惠市という男が主人公で、彼の家では母親が大きな桶で蒟蒻をつくっています。で、惠市はそんな母の手作り蒟蒻のぷりんぷりん、ぐにゃぐにゃとした感触が子供の頃から大好きな変態男でありまして、ある日、すっ裸の恰好で蒟蒻桶の中にズフズブと入ってしまう。悦楽にブルブルと體をふるわせながら絶頂を迎えた惠市でありましたが、蒟蒻桶の中で失心しているところを祖母に見つかって大目玉を食らいます。
この子供の頃に体験したぐにゃぐにゃ、ぷにぷにの快感が忘れられない惠市も成人し、何度も見合い相手に断られながらもどうにか結婚までこぎつけます。父、妻、そして自分の三人で暮らしつつ畑仕事に精を出そうとする惠一でありましたが、妻が父とマグわっているところを見てしまい大ショック。その場はどうにか取り繕ったものの、自分に隱れてコソコソと妻と父が逢い引きしていることを知った惠市はいよいよブチ切れて、……という話。
逆上した惠市を相手に妻の方も負けてはいません。父との關係は止められないのか、と詰め寄る彼に、喚き立てる妻の台詞がかなり強烈。
「ああ。止められんにぇえ。だって、父ちゃんの方がよっぽどいいもの。あんたなんか何だい。ただやたらになめまわすだけでねえの。犬じゃあんめし。べろべろ、べろべろ、よだれ垂らしながら、なんぼう舐めらっちゃって、女はちっとも、好ぐね。そのくせいざとなったら、ニワトリみてえに、あっという間だべ。遊んで来ただけあって、父ちゃんの方が、よっぽどええ。……ああ、あたしは止めらんにぇよ。それが厭んだら、別れてくなんしょ。誰がいてやるもんか」
床下手を引き合いに出されて罵られるという、男としては最低最惡の屈辱を妻から受けた惠市のしたことは、……何となくクラニーの「田舍の事件」を髣髴とさせる幕引きが冴えています。
「お菓子の家の魔女」は変態秘密倶楽部の主宰するパーティーの招待状を受け取った男の話。全編これ、奇態な変態ショーの描写が續く構成はさながら秘宝館。ナンセンスの極みが軽いトリップと脱力感を引き起こす怪作でしょう。
そうしていよいよ最後の「リソペディオンの呪い」となる譯ですが、「菜人記」ほどではないにせよ、こちらの毒もかなり強烈でありまして、「菜人記」の世界がそのまま地獄だとしたら、こちらは煉獄へ堕ちていく過程を描いた変態男の一代記。
別府温泉よりさらに奧にある鍾乳洞が物語のキモで、その昔、この洞の中にある石汁地藏をブチ壞した村長に祟りが降りかかります。この村長は中風で死亡、さらに妻は三人の子供を産んだものの、三十年も腹に出來ていたしこりを醫者に見てもらうとそれが胎兒のかたちをした石の地藏だったと。村人は石汁地藏の祟りだと恐れ、彼女の腹から取り出した石地藏を鍾乳洞におさめて祟りは終わったかに思えたのだが、……というところで時は經ち、この物語の本當の主人公である醜男が登場します。
「醜くて、陰気で、無口」な醜男の母親は原因不明の病気で死亡、友達もいない彼は鍾乳洞の中に引きこもって母親の幻影と変態的な性戲に浸る日々を過ごしておりましたが、村はこの鍾乳洞を観光名所とすることに決定。出て行けと村人たちに罵られた醜男は石汁地藏を金槌でブチ壞してその場を逃走し、数年を経た後、物語の舞台は大阪へと移ります。
ストリップ劇場で道化の役をしながら日錢を稼いでいた醜男は、やがてストリッパーとそのマネージャーとともに独立し、地方へドサ廻りするようになるのですが、マネージャーといっても要するにヒモ。やがて三人の關係が壞れ始め、……というところで、當然醜男はトンデモないことに卷き込まれてしまいます。
鍾乳洞を母親の胎内に見立てた最後のシーンが恐ろしくも美しく、果たしてこれはすべて石汁地藏の呪いだったのか、讀者にその判断を委ねて幕引きとなるところが素晴らしい。要所要所に醜男の変態ぶりを見せつけつつ、それでもシリアスに進んでいくところが何ともいえませんよ。「石榴」は、主人公の変態ぶりに比例して、悲しみが引き立つような物語になっていましたが、本作では変態節を見せつけつつも淡々と物語が進んでいくあたりがちょっと怖い。鍾乳洞、胎内回歸、そしてさながら円環を描いて呪いが終息していくラストといい、怪奇幻想小説としても一級品の仕上がりといえるでしょう。
という譯で、変態変態とそちらの方ばかりを強調してしまいましたが、實のところ「石榴」のような泣ける話あり、「リソペディオンの呪い」のような怪奇趣味の横溢した作品あり、脱力のナンセンスが炸裂する「美女降霊」と、樣々な作風が愉しめる作品集です。さらに驚くべきは、これだけ異なる作風を、異なった文体でさらりと仕上げてしまっているところでありまして、その巧みさに驚かされること受け合いです。
キワモノと変態をこよなく愛する御仁は勿論のこと、その巧者ぶりを堪能していただきたい傑作選。そこで購入を検討している皆樣にアドバイスでありますが、本屋で手に入れる際には必ずカバーをしてもらうことを強くお薦めいたします。だって、このジャケ、今氣がついたんですけど、かなりヤバいですよ。