モテモテマニアの受難劇。
戸川昌子といえばキワモノスリラー。短編集である本作でも、変態と奇妙な味とトンデモがミックスされた期待通りの素晴らしい秘宝館ワールドが展開されています。
怪しげな秘宝館巡りを強いられる主人公たちはそれぞれがいかにも普通な人間を裝ってはいるものの、変態世界への嗜好を心の奥底に忍ばせていて、それゆえに怪異と受難を運んでくる魔物の女(魔性とかいう以前に完全に魔物ですよこれは)に魅入られてしまうという展開も御約束でしょう。それぞれがその道のプロだったりとマニアでありながらドンファン風のモテモテ男というところがうらめしい。
文庫オリジナル乍ら、ハイレベルな変態風味溢れる力作ばかりでこちらとしても手は抜けません。温泉でキ印男に目をつけられた考古学者が木乃伊みたさに暗黒の世界へダイブしていく表題作「嬬恋木乃伊」、人間と猿の子供をつくろうとするマッドサイエンティストの奇態な研究に巻きこまれた男の悪夢「擬態子宮」など全五作が収録されています。
最初を飾る表題作「嬬恋木乃伊」の主人公は考古学者の男で、この男が嬬恋で体験した奇妙な話を作家に語る、というもの。輕井沢の温泉でマッタリしていると主人公の考古学者は奇妙な男から声をかけられます。
主人公が體を洗っていると、男はわざわざ隣に座って自分の體をマジマジと見つめている。こいつはホモかと思っていると、男は自分の妻を抱いてやってくれと切り出してきたから吃驚ですよ。何を莫迦な、と思った主人公ではありましたが、妻を抱いたら木乃伊を見せてやる、というその言葉につられてフラフラと男の家に行ってしまいます。
キ印男が口にした木乃伊というのは何百年前に淺間山が噴火したとき、乃ち「淺間押し」のときに出來たものだということで、主人公曰わく、それが見つかれば世界的な大発見、かのポンペイの遺跡の日本版だというから、功名心にはやる主人公には堪らない。
で、男の家に行ってみると、どうやらこのキ印男は唖の妹と二人暮らし。詳しい話を聞いてみると、その妻というのは実は幽霊で、夜になると般若の面をかぶって現れるからそいつを抱いてやってくれという。果たしてその夜、男に怪しい酒を飲まされたあと、主人公がまんじりともせずに部屋の中で幽霊の登場を待ちかまえていると、男の言葉の通りに般若面の女が出現して、……という話。
実は物語の本番はこれからで、般若面の女の正体とか、洞窟に隠してあったという妻の死体、更には目隱しをされて一時間以上も山の中を歩かされたあとに御対面となったくだんの木乃伊の正体などなど、怪奇幻想小説ながら、ミステリ的な謎と仕掛け、そして連城三起彦を髣髴とさせるドンデン返しが冴え渡る展開が素晴らしい。
洞窟、般若面の裸女、木乃伊、といった何とも奇怪なモチーフを鏤めながら、平山センセの作品めいたキ印兄妹の正体が明かされる後半は讀み應え拔群。男の語りという結構に、すべては夢か幻想だったのかという幕引きで終えるところなど當に上質の怪奇譚を堪能出來る作品といえましょう。
ミステリ的な謎解き、という點が収録作品中もっとも際だっているのはこれに續く「怨念の宿―舌切り雀の鋏」で、これまた靜かな狂気と狂った子供にぞっとさせられる一品です。
教え子が書いていた奇妙な詩が、とある温泉旅館に飾ってあった作家の遺稿であることを思い出した主人公は、同僚の女教師と一緒にその旅館へ不倫旅行と洒落込みます。
その遺稿をこの目で確かめた二人は、自作の詩をこの作品からインスパイアされたものだろと教え子を問い詰めます。頑なに否定する子供に、これは何かあるなと感じた主人公は子供の家に行き、母親と御対面。しかしこの美人な母親というのがキ印で、旦那に逃げられたという彼女は「先生……私は悪い女でしょうか」「母親としてでなく、女として魅力があるでしょうか」「先生、あたしのことをそんなに悪い女じゃないって言ってください……お願いですから、頭を撫でてください」と幼児プレイをリクエスト。
キ印女特有の妖艶な魅力にとらわれてしまった主人公は結局この母親とエッチして、……というのはこれまた作者の秘宝館ワールドの御約束、果たして教え子が口にする「からかさのお化け」の正体とは何なのか、そして温泉旅館では何があったのかという謎が明かされていく後半は、狂った子供の独白も交えて不氣味な雰圍氣を釀し出しています。
「嬬恋木乃伊」と違って、怪しげな謎には現実的な解が最終的には示されるのですが、舌切り雀の童話や子供が語る「からかさのお化け」といった不氣味なイメージが紡ぎ出す狂気と闇は物語が終わったあとにも強烈な餘韻を殘します。恐怖小説としても、また怪奇幻想ミステリとしても一級品の風格を持ったこれまた傑作でありましょう。それにしても主人公は平凡な教師ながら何でこんなにモテモテなんでしょうねえ。
「情欲の塔」は糖尿病のグルメな料理研究家の男が主人公。何ともいえない頽廢的なムードが物語全体を支配し、十年に一度、「情欲の搭」で開催されるという上流貴族たちのアングラパーティーを交えて、主人公の周囲に蠢く陰謀劇をじわりじわりとあぶり出していく趣向です。
子供が出來ない主人公の料理評論家は、甥と冴えない女子大生をパリに呼び、二人の間に生まれた子供を自分たちのものにしようと畫策します。女子大生を騙して、自分のかわりに甥とエッチさせることに成功した男でありましたが、この娘というのが実は自分の隠し子だったことが発覺。若返りの魔術でどう見ても小娘としか思えないほどに美しい元女優のバスガイドなど、脇を固める配役も怪しげで、パーティーに参加した主人公に待ち受ける鬼畜なラストが冴えています。
小説としては収録作中もっとも纏まっているといえるものの、その為こちらが期待する秘宝館テイストはやや薄目、でしょうかねえ。
「燃えつきた蔵―小海日記 地獄の候より」は「嬬恋木乃伊」と同樣、これまたドンファンなモテモテ大学教授が主人公。すべて暗號で書かれたという日記の解読を研究テーマに据えている教授は、年度末に自著を購入してその感想文を提出するか、或いは自分で書いた日記を提出しろと学生たちに迫ります。
殆どの学生が自著の感想文を提出しているなか、一人の学生が暗號で書かれた日記を提出してきていて、……という話。
実はこの教授は若い頃、自分の恩師ともなる美人教授と関係をもっていて、彼女は彼の子供を妊娠したまま彼の前から姿をくらましてしまっていたのです。で、どうやらこの暗號で書かれた日記を提出した女学生というのがこの恩師の娘らしい。彼女は母の復讐を果たす為に現れたのかと訝る主人公は、彼女の祖父が収蔵しているというレアもの文書を見せてやるという言葉につられてその蔵に入るのだが、……とその後に明らかにされる彼女の母親の悲惨な過去と、男の鬼畜な犯罪が何とも憂鬱。過去の罪は罰せられ、レアもの目當てに敵方の陣地に踏み込んでいった男が悲惨な最後を遂げるラストがもの哀しい。
で、収録作品中、一番の怪作が最後の「擬態子宮」でありまして、主人公は学校の教師と平凡ながら、かつての教え子の父親というのが完全なるキ印、何しろ人間の女に猿の子供を産ませるという野望、というか妄想に取り憑かれておりまして、自分の娘には子供の時から、将来おまえは猿の子供を産むんだぞッと教え込んできたという筋金入り。
小高い山の上へモーテルに見立てた研究施設を構えて、日夜狂気の研究に勵んでいるマッドサイエンティストに目をつけられた主人公。彼はキ印博士の施設に赴き、彼にいわれるままマントヒヒの着ぐるみを着せられます。その格好でかつての教え子を犯す姿を檻の中のチンパンジーに見せつけると、発情したチンパンジーが後ろから娘に挑みかかる、……というキ印博士発案の奇天烈な計画の後、娘は猿の子供を孕むのですが、生まれてきた子供は兩眼のない奇形児だった。
しかし一度の失敗で諦めるような博士ではありません。博士は教師の妻をこの狂気の実驗に巻きこんで、猿の子供を妊娠させようと畫策するのですが、自分の娘の裏切りによって計画はメチャクチャになって……。
マントヒヒの着ぐるみにドラムンベースの民族音楽をウォークマンでガンガン聽きながら若い娘に挑みかかる主人公の姿はかなり異樣。また電波出しまくりの博士の言動もかなりキていて讀ませます。例えば主人公が、妻と猿の交配している時の隠しビデオを見せてくれと博士に迫るシーン。
「どうだ、最近は奥さんとセックスをしていないな……その顏にそう書いてあるぞ。胎児に与える影響を考えると、平常のセックスは避けた方がよいかも知れない……わたしはこれでも、産婦人科医の臨床を十五年もやっていたのだぞ。しかし、奥さんの交配のときの記録を見ると、心が落ち着かなくなる。あんたはまだ二十世紀の人間の考えにとり憑かれているから、十億年を一瞬としてとらえる科学者の素直な目で、ビデオの記録を見ていられない」
主人公の体験が最後に幻想へと収斂していく幕引きは冒頭の「嬬恋木乃伊」と同じ構成ながら、語りの構造を含まないこちらの方は、悪夢の中に主人公を置き去りにしたまま終わります。モーテルに見立てた秘密研究施設、マントヒヒの着ぐるみ、ホルマリン漬けの猿の奇形児などの奇態なアイテムが怪しげな秘宝館の雰圍氣をムンムンに盛り上げているところが素晴らし過ぎますよ。
という譯で、いずれも作者の怪しいワールドを体現した傑作揃いの本作乍ら、これまた絶版というのは當ブログの御約束、でしょうかねえ。お馴染みのふしぎ文学館からリリースされている作者の作品集「黄色い吸血鬼」にも収録されていないのが不思議ですよ。ふしぎ文学館の戸川昌子第二弾が出る時には是非とも収録を検討していただきたいと思います。古本屋で見つけた時には迷わずゲットしていただきたい秘宝館ミステリの至宝といえるでしょう。おすすめ。