洒脱飄々。
「台湾ミステリを知る」第三回。
既晴の「別進地下道」を取り上げた時に見つけた「とある作家秘書の日常」さんの記事をつらつらと讀んでいましたら、「台湾ミステリ評論家としてはナンバーワンの実力をもつ」という島崎博御大の言葉を添えて、凌徹の名前があるじゃないですか。では、ということで今日はちょっと予定を変更して、台湾ミステリ界でも重要人物の一人、凌徹の短編をひとつ紹介してみたいと思います。
評論家とはいえ、冷言も含めて台湾ミステリ界で活躍している面々は創作意欲も旺盛で、凌徹も自分の知る限り本作の他「列車密室消失事件」、「重力違反殺人事件」(以上二作は『推理雑誌』に掲載)、そして「白襪」(『野葡萄』に掲載)の四作を発表しています(以上の情報のネタ元は、藍霄のサイト、凌徹氏の紹介文より)。
という譯で、今日は氏の作品「與犬共舞」を。
「挑戦者」の五月號に前編を、そして六月號に後編が掲載されたこの作品は、飄々とした探偵方揚と、日常の謎系に連なる優しい雰圍氣がウリの短編です。漫畫雑誌に掲載された作品ということもあってか、ミステリとしての風味は薄味で、どちらかというと物語の主人公や探偵役である方揚との軽妙なやりとりと、洒脱な謎解きをマッタリと愉しむべき作品といえますかねえ。日本のもので近いな、と思うのは例えば泡坂妻夫の亜愛一郎シリーズあたり。また日常のなかから妙なかんじで謎が立ち上ってくる雰圍氣は倉知淳の猫丸先輩シリーズに近いものも感じられます。
物語は、雑誌社で広告取りの營業をしていた冴えない男、王定謙が主人公。仕事がイヤで会社を辞めてしまった彼は、公園でボーッとしている毎日を過ごすばかりでありましたが、ある日、たくさんの犬を連れて散歩をしている男のことが目にとまります。
奇妙なことに男は毎日違う犬を散歩させていて、ある日は小型犬ばかりを、またある日は大型犬を連れてという按排で、いったいこの男は何をやっているのか、と彼は氣になって仕方がない。同じ時間に公園を訪れては犬を散歩させている男の観察を續ける彼は、そこに犯罪の匂いを嗅ぎつけて、……という話。
やがて犬を散歩させている青年に近づいてきた不審な男も絡めて、主人公である王が推理した内容とは、というかんじで話が進むのですが、この推理というか妄想が、前編の終わり近くに登場する探偵役方揚の推理によってダメ出しをされてしまってからが物語の本筋です。
王の妄想が果たして本當なのかと、王と方揚の二人が散歩する青年を見張っていると、果たして犯罪が目の前で起こります。實際は王の考えとはまったく違ったものであったことがその後の推理で明らかにされるという展開は、オーソドックスな日常の謎系(ってどんなの?)の結構を受け継いだ作風といえるでしょう。とはいえ、シッカリ犯罪も起こるので、正確には日常の謎という譯ではないんですけどねえ。飄々とした探偵とダメ人間王定謙との軽妙なやりとりが微笑ましく、このあたりの洒脱でユーモラスな雰圍氣が亜愛一郎シリーズを想起させる所以でしょうか。
この作品のキモは、犬を散歩させている男の謎を主軸に据えて事件の真相を王の妄想へと振り向けつつ、ここに仕掛けられたある種の「操り」にも通じるトリックを隱蔽するというところにあるのですが、それにしても殘念なのは、日本に住んでいるとこの犬を散歩させている男の謎の眞相が容易に分かってしまうというところでありまして。
台北だとこの現象は珍しいので、この大きな謎で最後まで讀者を惹きつけつつ、事件の真相を隠し通すことも可能なんですけど、日本に住んでいる讀者はまずこの大きな謎の眞相には容易に気付いてしまい、この「ずらし」の効果が活きてこないんですよねえ。その意味では地域限定のトリックということになってしまいますか。
それでも、犬を散歩させる青年の眞相が分かってしまっても、王と方揚の二人の行動が、彼の妄想とはまた違った犯罪の實相を明らかにする後半の展開は面白い。
また冒頭で描写される主人公王のダメ男っぷりが、この事件に巻きこまれたのをきっかけに立ち直り、自らの生きる意味を見い出していくという幕引きはいい。短編小説としてもうまく纏まっていると思います。
島崎博御大からもミステリ評論家として紹介されているところを見ると、作者である凌徹は今後評論批評活動の方に軸足を移していくのかもしれませんが、本作でも探偵役を務めた方揚の短編集などがリリースされれば、泡坂妻夫の亜愛一郎シリーズと比較してみるのも面白いかもしれません。台湾ミステリ界では大いに活躍を期待されている注目株の一人でしょう。
で、この作品が掲載されていた「挑戦者」なんですが、ミステリ雑誌ではなく月刊の漫画雑誌でありまして、本作が掲載されていたこの號には「ファウスト」で日本への御披露目と相成ったVOFANの漫畫も載っています。
講談社のメールマガジンで編集長曰わく、「繊細な光の表現」がVOFANの魅力である、とありますが、自分としてはこれとともに「心地よい空気感」を彼の絵の個性として挙げておきたいと思います。
例えば5號の「ColorfulDreams」は父に連れられて露天の映画を見に來た少女を詩的に描いた作品なのですが、ここでは映画のスクリーンの淡い光に浮かび上がる夜の景色が非常にいい雰圍氣を出しています。裏路地の薄暗がりを照らし出す淡い光や、そこから立ち上る夜の気配が絶妙で、……なんて、ミステリのレビューにスカムホラーだの格闘漫画の名前ばかりを挙げている自分が書いても全然説得力がないですか(爆)。畑違いの分野のコメントはこれくらいにしておきましょう。