クラニーの時代モン最新作。主悦が事件にさらりと推理を開陳し、最後はワルとチャンバラというフォーマットをしっかりと保ちながら、今回はクラニーらしいともいえるネタが盛り込まれているところが好印象。結論から先にいってしまいますが、本作、そういう意味では時代ものの中にクラニーの個性を際立たせた逸品で、現時点におけるシリーズ最高傑作といってもいいと思います。
収録作は、コロシの現場に必ず花を残していくという風情ある殺し屋の謎に主悦が迫る表題作「花斬り」、市井の人がワルへと転じた浪花節に、人の心情を船に例えた詩情が光る「破れた帆」、クラニー風のバカミス的奇想を炸裂させながらも見事な「泣き」へと落としてみせた傑作「遠い富士」、黒賊退治を定番のフォーマットにのせた「百番富夢残」、鮮やかなフーダニットを時代モンでさりげなく体現してみせた「大関に適う」、手に汗握る最後のチャンバラが熱い「黒い日輪」の全六話。
まず何よりもイチオシなのが、「遠い富士」で、病に伏せってしまった部下に主悦が施してあげる仕掛けが素晴らしい逸品です。確かにこのシリーズの定石通りに事件は起こるし、最後に派手なチャンバラも添えて捕り物は行われるのですが、クラニーのバカミスが大好物のマニアからすれば、本作のキモはそこではなく、上に述べた仕掛けにアリ、と断言してしまっても良いのではないでしょうか。
講談社ノベルズから出ているバカミス的奇想を時代モンでやらかすとどうなるのか、……もっとも本作は双葉文庫から刊行される時代劇でありますから、あからさまにバカなことはできない、ではどうするか。そこでクラニーが採った戦略とは、すなわち「泣き」。『泪坂』や『湘南ランナーズ・ハイ』といった傑作をあげるまでもなく、ここ最近のクラニーが得意とする人情ものとしての美しさをバカミスの仕掛けによって構築する、という大技をさらりとこなしてしまったのが本編でありまして、もちろん伏線もあるし、この仕掛けの話はテレビでも見たことがあるので知ってはいたものの、まさかこうしたアプローチで見せてくれるとは、と感嘆した次第です。
「花斬り」と「大関に適う」は、いずれも事件の裏にいる本物のワルへとたどり着くまでのロジックと、そのあとのチャンバラが爽快な佳作で、ワルが主悦に向けて「先生がた、やっちまってください!」と用心棒どもをけしかける定番のシーンも含めて、前二作に比較すると、チャンバラの描写がいい。クラニーで動的な場面といえば、ホラー小説での皆殺しくらいしか思いつかないわけですが、本作に収録された短編の後半で開陳されるチャンバラはいずれも一級品ともいえる、手に汗握る描写が光っています。
「黒い日輪」などは、そのタイトルにもある通り、「日輪」がワルの剣術にもからめてあり、それがまた主悦とワルの息詰まる攻防にも活かされているところなど、ミステリっぽい仕掛けを忘れても十二分に愉しめます。
「遠い富士」におけるバカミスを人情噺へと昇華させる技法の他、「大関に適う」では、前半にマラソンを盛り込んであるところなど、クラニーの現代小説とその生き様(大袈裟)を知っているファンからすると、思わずニヤリとしてしまいます。
また「黒い日輪」と「遠い富士」には、主悦が危機一髪となったところに、さりげなく怪異を添えてあるところなども印象的で、佐伯御大を典型とする現在人気の時代モンが果たしてどのような風格であるのかはよく判っていないのですが、チャンバラからバカミスとエンタメ要素もシッカリと盛り込み、時代劇ドラマを彷彿とさせるワルの造詣を際立たせたところなど、これだったらフツーの時代モンとしてはもとより、クラニーのバカミスや人情ものが好き、というファンも愉しめるのではないでしょうか。
シリーズ三作目ながら、本作から入っても没問題。いや、むしろ「遠い富士」が収録されているぶん、案外、本作をまずは手にとって、そこから遡っていくというのも十分にアリだと思います。オススメ、でしょう。