本格ミステリらしい明快な謎を中心に据えた佳作に、怪異を凝らした異色作、さらにはキ印野郎との行き詰まる頭脳戦など、バラエティに富んだ四篇をまとめた短編集。個人的には最後の「ロジカル・デスゲーム」だけでもこの一冊は買い、というかんじでなかなか愉しめました。
収録作は、タイトル通りに長い、というか長すぎる廊下がある家で起こった殺人に、火村モンらしい生臭い動機などを鏤めた佳作「長い廊下がある家」、冒頭の詩情にささやかな気づきを冴えて人間の優しさを淡く描き出した「雪と金婚式」、心霊写真の怪異も絡めた不可解な人死ににタイトルの二重の意味が心憎い「天空の眼」、火村がキ印野郎のトンデモ・ゲームに巻き込まれるアリス式カイジ「ロジカル・デスゲーム」の全四篇。
表題作「長い廊下がある家」は、長ーい廊下が二つの建物を繋いでいるという奇妙な道具立てがキモで、そこで起こった殺人が一方の家から見ると密室に、もう一方の家から眺めるとアリバイものへと変化するという趣向が秀逸です。
二つの建物が登場した不可能犯罪という時点で、大方の読者はこの仕掛けのネタに気が付いてしまうかと推察されるものの、この謎を繙くために作者が用意して見せた手がかりと、事件の様態の作り込みがいい。現場に残されたあるものがこの仕掛けを暴き立てる決定的な要因であったことが明かされるのですが、このあたりの推理はやや簡単にまとめられ、いつものネチっこいロジックが展開されないところに少しばかり不満を覚えてはしまうものの、例によって金だ同棲だと生臭い話が事件の背後にシッカリと凝らされている火村モンらしい色づけにはニヤニヤしてしまいます。
「雪と金婚式」は、フーダニットというよりは、ある「探偵」が犯人を指摘するにいたった手がかりとそのロジックを追求するというふうな、フーダニットの方向性にヒネリを効かせた一篇で、冒頭に描かれる詩情を添えたシーンに、大胆な手がかりを明示してあるところが心憎い。タイトルにもある「雪」と「金婚式」といったキーワードや、探偵の犯人を思う気持ちなど、人間のやさしさが、謎解きという本格ミステリの技巧によって引き立てられている結構が印象的。
「天空の眼」は、不可解な死に心霊写真をも絡めた謎の様態から、陳腐な幽霊騒動かと思いきや、事件を調べていくうちに、死の真相が心霊写真という怪異を解体する方向へと流れていく一方、真相そのものが心霊写真の呪いとでもいうべき死を引き起こしたのでは、――と思わせる転倒がいい。そしてタイトルにもある「天空の眼」がそうした展開と相まって、心霊写真のソレが事件の端緒でありつつ手がかりへといたる現代的なアイテムへと変容する後半の展開もいい。
そして最後を飾る「ロジカル・デスゲーム」は一番の傑作で、火村の熱狂的ファンを自称するキ印野郎が、実は世間を騒がせていた事件の犯人であったことをカミングアウト、是非是非センセにも私のゲームにご参加いただきたく、と丁重な口ぶりで迫りながらも、拳銃で脅して無理矢理死のゲームに火村を付き合わせるという無茶な展開に。
毒が入っているグラスを選ばなければ生き残れるので、要するに毒の入っていないグラスを選び出せばいい、という単純なゲームながら、相手の心理の裏の裏をかいた頭脳戦が大展開、火村は機転をきかせてこのゲームに「勝利」してみせるのですが、その豪腕ぶりと、このゲームを勝ち残るというよりは「有利に進める」ためのロジックが素晴らしい。
力の入った傑作がテンコモリ、というよりは、謎の様態にひねりをくわえたり、怪異とタイトルの変化に趣向を凝らしてみたりといった細やかな技巧が光る秀作揃いといった印象ながら、自分のように重厚な長編(『灰色の虹』)を読んだあとの息抜きとして気軽に読めつつも、しっかりと満腹感も味わえる一冊といえるのではないでしょうか。