和製ファンタジーとは乃ち何でもアリ。
一ヶ月ほど前に取り上げた「三橋一夫ふしぎ小説集成〈2〉鬼の末裔」に續く第三彈、ということで、これにて三橋一夫ふしぎ小説集成シリーズは完結。とにかく収録されたどの掌編短篇もハイレベルで、ミステリ風、恐怖小説、實話怪談風、人情噺と何でもあり。ファンタジーという横文字よりはやはり「ふしぎ小説」というひらがな言葉が一番作者の風格を傳えているのではないかと思うのですが如何でしょう。
掌編も含め、全二十四編、巻末にある日下センセの解説中に、室町出版版「生膽盗人」のジャケ帯に掲載されていたという推薦文が並べてあるんですけど、正史の文章と一緒に山本周五郎があったりするところが作者の作風の廣さを現しているように思いますよ。
とはいえ最初の「生膽盗人」は江戸時代を舞台にしたマッドサイエンティストもので、完全なキワモノ。これが作者の飄々とした文体で進むものですから讀み始めたときにはまさかこんなキ印博士が登場するとは全然予想も出來ませんでしたよ。
天保時代、越前福井の蕃にひとりの奧外科掛がいて、この男が膽を盗み自宅で人体解剖をやっていたという話。城下では辻斬りが頻繁し、皆が皆胸を切り裂かれて臟物を拔き取られていたというから尋常じゃない。果たしてあのキ印の醫者が怪しいということになって、くだんの奧外科掛の部屋に訪ねてみると、……という話。最後にキ印が高笑いをして終わる幕引きが何ともですよ。
本作には耳をモチーフにした作品がふたつ収録されておりまして、「怪しの耳」と「第三の耳」がそれ。両方とも頭のてっぺんにもう一つの耳がはえてしまっている男の話なのですが、「怪しの耳」はパーティーの席上で男のひとりが頭に怪我をして倒れていて、後日パーティーで出会った女から手紙をもらって會ってみると、女は語り手が着ていた洋服が気になって仕方がない。ズボンのポケットをゴソゴソと探ってみると何と切り取られた人間の耳が出てきて、……という話。
この耳は何なのか、というあたりの謎解きがミステリ風に進むのですが、眞相がこれまた考えもつかないようなネタを明らかにして終わります。
で、「第三の耳」の方は蜜柑畑で出会った男が頭に薬をすり込んでいるものですから、何だろうと語り手が見ていると、男の方からその曰くを語り出して、……という話。いずれも頭についていた耳が切り取られてしまうという話乍ら、話の転がし方が異なるところが面白い。ある程度の長さを持たせて話をミステリ風に展開させた「怪しの耳」、そして語りを際だたせて掌編のうまさをみせる「第三の耳」と、いずれも作者の技が光る好編でしょう。
そのほかでは幽霊を主題にした人情噺系もなかなかの佳作が揃っていて、特に短く纏めた「秋風」がいい。長男と一緒に墓地を訪れた私が墓の前で息子と他愛もない話をするというだけの話なのですが、最後にドンデン返しを見せ、それが何とも哀しい事實を明らかにするという仕掛けが素晴らしい。
同じ幽霊を題材にしつつも、はじめから幽霊の正体を明らにしつつ物語を転がしているのが「浮気な幽霊」で、この作品の幽霊は醫者夫人。語り手のモジモジ君はこの夫人に惚れてしまうものの、どうやら醫者の旦那の方も若い醫務局の女性と仲がいいらしい。夫人は當てつけにこのモジモジ君を誘惑するのですが、逢い引きを約束したその夜に、夫人はマンホールの穴に落ちて死んでしまいます。
しかし夫人は自分が死んでしまったことを知らなくて、再びモジモジ君の前にニコニコしながら現れるのだが、……という話。幽霊になってしまった夫人のユーモアあるキャラが物語を明るくしていて、最後はちょっとほろ苦いハッピーエンドでしめくくります。洒脱な奇想に人情噺を絡めてというのは當に作者の眞骨頂。本作はこの系統の佳作でしょう。
しかしこのユーモア溢れる飄々とした文体で時に鬼畜フウの物語をさらりと書いてしまうところが油断のならないところでありまして、この中では「不思議な遺書」が光っています。死んでしまった父親の遺書をその娘と息子が二人して讀み始めるのですが、何とそこに書かれていたのはトンデモない父親の懺悔で、……という話。残された二人の子供を奈落の底に突き落とすような話が本当のものなのか、結局當人は死んでしまったのでまったく確認できないというところが何ともですよ。
表題作の「黒の血統」は名門家にずっと仕えていた男が語り手で、ある男が書生としてやってきてばかりにこの家がトンデモない不幸へと轉がり落ちていき、……という話。ウブな娘が生粹のワルであるこの男に騙されてどんどん没落していくところが恐しく、それでいて最後の最後で明らかにされる眞相と幻想的な結末は、果たして語り手の狂氣なのか、それとも、という終わり方が自分好み。
幻想ミステリというよりは、島田御大の理想とする本格ミステリの形式で書かれた作品が「天狗来訪」で、頭の弱い男がある男と一緒に山に登り、天狗の惡口をいっていたら本当に天狗が現れる。男は天狗に許しを請うのだが、山を下ってから天狗が訪ねてきては、旅館に逗留してやりたい放題、使った金はすべて男に請求するという按排で、男はある一計を案じて天狗を騙そうとするのだが、……というのを頭の弱い男を語り手にして進めていくのですが、この天狗の正体が明らかにされたところで、とある犯罪の実相が現れるという趣向です。
で、ふしぎ小説でピカ一なのは「空袋男」と「とべとべ眼玉」でしょうかねえ。「空袋男」は心臟を吐き出し、肺臟を吐き出し、というかんしで体の中のものをゲエゲエ吐き出してしまう男の物語。この奇天烈な物語が作者の平易にして淡々とした文体で語られることによって何ともいえない雰囲気を釀し出しています。
「とべとべ眼玉」はポコン、と片方の目玉が飛び出してふらふらと空を飛んでしまうという発想からして奇天烈。で、意識の方はこの目玉の方にあって、ニキビ面のモジモジ君が考えることといったら好きな女の子のことというのは御約束、彼女が無理矢理結婚させられると聞いたモジモジ君はふらふらと片方の目玉だけで浮游して、彼女を助けようとするのだが、……という話。最後はこれ、哀しいラストといえるのかどうか、何とも微妙な幕引きに頭を抱えてしまう怪作です。
そのほか、空想の人物を主題に据えて心温まる人情噺に纏めている「ハルポックとスタマールの絵印」、「ミスター・ベレー」、海の中まで追いかけてくるという怨靈猫が恐い「猫」、實話怪談とも微妙に違う不氣味な餘韻が何ともいえない「沼」など、一巻二巻と同樣、何ともふしぎな作品が揃っています。
個人的には第一巻で初めて作者の作品にふれた時の衝撃が一番でしたけど、多彩な作風を理解したあとに、その仕上げの巧みさを堪能出來た二卷と本卷も十分に愉しめましたよ。三卷あるうちのいずれから入った方がいいかと聞かれればやはり一巻「腹話術師」から、ということになりますかねえ。同じ日下センセ編緝の作品でも「都筑道夫少年小説コレクション」と違って、一巻ごとに近しい作風の作品を集めたという趣向ではないので、実は三卷のうちのどれから入っても問題はないと思います。
幻想小説、ミステリ、人情噺、奇想小説とその多彩ぶりから実をいえばどんな人にもおすすめできるシリーズなのですが、作者の何ともいえない「ふしぎ」な世界は幻想小説ファンや奇想小説マニアには強力にアピールすること受け合いです。