イヤ感炸裂、仕掛けまくり。
自由意思や存在論といったベタなネタを主題に据えつつ、鬼畜な装飾とミステリ的なドンデン返しが心地よい恐怖小説集。これはかなり好みですねえ。
表題作「脳髄工場」はアレなタイトルもさること乍ら、犯罪抑止の為に開發された人工脳髄を皆が装着する社会のなかで主人公だけが唯一人それを拒んでいて、……という陳腐なSF世界を舞台に、アウトサイダーの主人公がどんどんイヤな方イヤーな方へと轉げおちていく展開が見事。
物語は人工脳髄を装着した父親を少年が回想する場面から始まるのですが、この父親が装着している人工脳髄がグロテスク。七色に輝き、歯車のようなダイヤルがついていて、それが水道のメーターみたいにクルクル廻転しているという描写が何ともレトロ。で、少年が面白半分にそのダイヤルをいじくりまわすと父親は白目を剥いて卒倒、死んでしまい、……というプロローグを経て、社会がこの人工脳髄を受け入れるまでの経緯が描かれます。
で、主人公の少年のクラスメートでもうひとりまだ人工脳髄を装着していない友達がいるんですけど、物語の中盤で彼もついにこれを付けなくちゃということになって、主人公がそれに付き合うことになります。何しろ頭ン中をいじくるんですから、装着してもらう施設っていうのは病院のようなところかと思いきや、これが場末の理髮店。さらにこの装着シーンが何とも壯絶で、B級ホラーも眞っ青のあまりにベタな描写がイヤ感を釀しだしていて素晴らしい。
そして人工脳髄を装着した友達が昔と同じように接してくれなくなってしまうというのも御約束、拗ねまくった主人公が絶縁宣言をブチかまし二人の關係は終わります。やがて主人公は高校に進學すると、人工脳髄を装着している少女を好きになってしまうのですが、相手は人工、こちらは天然で二人の恋愛がうまくいく筈もありません。失念の痛手にうちのめされて性格がどんどんねじくれていく主人公もついに人工脳髄を装着することを決意するのですが、果たして……という話。
この後の展開が怖すぎですよ。頭の形状は特殊だというので、普通の脳髄師では人工脳髄は装着できないという譯で、主人公はタイトルにもなっている脳髄工場に赴くことになるのですが、この装着に素人がマニュアル片手に惡戦苦闘する場面や、この陰謀の黒幕があんな輩だったというところが何とも。
物語の舞台からディテールまですべてがB級ホラーのテイストを濃厚に保ちながら、そこから釀しだされる恐怖は一級品、さらに主人公に待ち受ける鬼畜な結末も素晴らしい。黒幕にけしかけられて主人公がアレしてしまうシーンは何となく牧野センセの傑作短編「おもひで女」を髣髴とさせますねえ。
續く「友達」はいじめられっ子で小市民の僕が語り手の何ともせつない物語。このネタは乙一の作品にもありましたが、あちらはせつなさを前面を押し出していたのに對して、こちらは鬼畜。いじめられっ子で好きな女の子に告白も出來ないネクラ男の僕は、自分のあるべき姿を妄想するのですが、やがてその妄想が實體を持ち始めて、……という話。
で、この主人公はもう一人の自分にドッペルとこれまたベタ過ぎる名前を与えるのですが、これをきっかけにこいつが暴走を始めます。遠くからウジウジと見ているばかりだった女の子に告白しデートにまでこぎ着けるのですが、何と自分の知らないところでドッペルが彼女とイチャイチャしていたというから大變ですよ。あわてふためく主人公はついにドッペルと対決することになるのですが、ここで明らかにされる眞相はちょっと哀しい。それでもドッペルのあまりにベタな悪感ぶりがB級テイストをムンムンに発散してしてほほえましいですねえ。
本作には「YOU&I SANYO」に掲載されたという掌編がいくつか収録されているのですが、續く「停留所まで」と「同窓会」はその仕掛けの冴えが光る佳作です。「停留所まで」はバスの中で都市伝説フウのお話に盛り上がる少年たちを描きつつ、その話題がこのバスにまつわるお話になって、……という展開から、最後に絶妙なひねりを加えたところがいい。この最後のどんでん返しは續く「同窓会」も同樣です。懐かしい顔ぶれが集まるなか、修学旅行で何か恐ろしいことがあったことをふと思い出した主人公は、……という話。仕掛けが決まっているのは「停留所まで」の方が上ですかねえ。
「影の国」はわたしの語りで進むものの、ビデオの整理をしていた精神科醫が妙に気になるテープを見つけてそれを再生すると、……という話で、カウンセリングを受けにきた男のキ印ぶりが見事。唯我論を得意気にブチまける患者を嘲笑しつつも、男の狂った話の奸計にズフズフと落ち込んでいく精神科醫の描き方がいい。「あはあはあ、あはあはあ」と調子っぱすれな笑い聲をあげる男の描き方も光っていて、最後に精神科醫が男の部屋を訪ねていくと、……。
「声」も何となく乙一で同じネタがあったような。しかしあちらがせつなさだったらこちらは鬼畜というところは、上に書いた「友達」と同じです。何だか同じネタを使ってもこれだけ風合いが異なるというところが面白いですねえ。携帯電話を拾ったわたしのところに、妙な女から電話がかかってくるのですが、果たしてその女は未来の私だった、という話。わたしは幸せになるために過去の私に電話をし、あれこれと指示を出すのですが、これがトンデモない混乱を引き起こします。筒井康隆センセあたりだったら黒いユーモアたっぷりのドタバタものに仕上げるのでしょうけど、最後に井上雅彦ばりの奇想を凝らした幕引きでしめくくります。
「C市」はクトゥールものなんですけど、ほかの作品に比較するとこれだけが妙に浮いています。ラブクラフト風にうねうねとした文体で描かれているものの、どうにも自分には地の文が冗長に思われて今ひとつ物語の雰囲気にノることが出來ませんでした。これは「秘神界」で讀んだ方が良かったと思います。その意味ではちょっと勿體なかったですよ。
「アルデバランから来た男」も、ほかの作品に比較するとちょっと浮いてしまっているところが殘念、ですかねえ。SF的な世界を舞台に据えて、超能力が使える探偵をとある星からやってきたという依頼主が訪ねてきて、という話。探偵の唱える呪文が「ムッシュムラムラ!」だったりと、後半は完全におふざけモード。これも最後にどんでん返しがあるものの、ほかの掌編に比較するとやはり雰囲気が違うような気がします。
「綺麗な子」はいうなれば鬼畜A.I。ロボットペットが普及するなか、ついに人間の子供までもがロボットになった社会の物語。犬のフンと體臭を異樣に嫌う女のディテールが何とも素晴らしく、讀者から見ればごくごく普通の感性を持っている主人公の夫がこの世界ではアウトサイダーで、という展開は「脳髄工場」に通じるものがありますねえ。最後の最後までこの夫の視点で話が進むのですが、最後にそれが突然子供のロボットへと変わり、鬼畜なラストを迎えます。
「写真」も掌編なのですが、心霊写真を鑑定している男の元に、その写真に写っていた少女が訪ねてきて、……という話。これも最後の仕掛けがうまく決まっていますねえ。かなり好きですよ。この裏表を最後の最後でひっくり返す仕掛けって、 連城氏の恋愛小説に似ていませんか、今気がついたんですけど。
「タルトはいかが?」は拓哉という男が姉に綴った手紙で語った恐ろしい話とは、という内容で、これまた最後に拓哉が手紙を送っていた姉が登場、吸血鬼ものでありながら最後の仕掛けで本物のキ印が誰だったかが明らかになるという趣向です。
個人的にツボだったのは表題作の「脳髄工場」、「同級生」、「停留所まで」「影の国」「写真」あたりでしょうか。やはり鬼畜でありかつ仕掛けが光る作品がいい。特に「脳髄工場」のエグ過ぎる描写はかなりのもの。やはり脳髄をネタにした作品は個人的にはかなり怖いですねえ。
恐怖小説でありながら、ドロドロネチネチした雰囲気は稀薄で、ベタなネタと物語世界を讀みやすい文体で描くところが作者の風格でしょうか。最近のホラー文庫ではかなり愉しめました。鬼畜とミステリ的仕掛けを愛する恐怖小説マニアにおすすめしたいと思いますよ。