少女の蠱惑と魔性、中年オバサンの狂氣と妄執。
副題に曰く「自選少女ホラー集」とあるものの、ホラーというよりは怪奇幻想小説といった方がしっくりくるような氣がする、狂氣と妄執、幻想と魔性の雰囲気が濃厚な短篇集。
とにかく一編一編に込められた狂氣、妄執、魔性幻想そのほかもろもろの暗黒エッセンスの濃縮ぶりが尋常ではありません。全九編、纏めて讀むと本氣で頭がおかしくなりそうな話ばかりなので、日常生活を普通に送りたいという一般人の方は、文庫本といえども一日一編にとどめておいたがいいでしょう。自分は勿論イッキ讀みですよ。本氣で頭おかしくなりそうでした。
何というか同じ狂氣や妄想を扱っていても、牧野センセや平山センセ、さらに遡れば夢野久作などを挙げてもいいんですけど、これらの作者の作品にはユーモアがあると思うんですよ。しかし本作の作者、皆川センセはすべての作品において手加減なし、小説以外の文章では本當にかんじのいいオバさんという雰囲気であり乍ら、いざ小説を書くとなると濃厚な狂氣と惡意に滿ちた怪作をさらりと書いてしまうところが恐過ぎます。
印象に残ったものを挙げていきますと、「冬薔薇」は病身の祖父を訪ねていった中年女が、自分の少女時代を回想するにつれ、狂氣へと落ち込んでいく物語。その昔、この家で行われていた自己治癒体操という奇妙な集團儀式を思い出した主人公は、遺産相続を放棄させようとするお婆の奸計に陷り、最後は恍惚と體をぶらぶらさせるキ印にさせられてしまうという鬼畜なラストが素晴らしい。その一方惡魔主義をブチかまして幕引きとなる物語にユーモアは皆無、それゆえにずっしりとくる超ヘビーな讀後感は普通の本読みにはちと辛いかもしれません。
「夜の声」もこれまた最後に惡魔主義が爆発する怪作で、深夜に一人で家にいた初老の女性のところへ電話がかかってくるところから始まります。娘の夫が事故にでも遭ったのかと不安になる彼女が電話をとると、「いのちの電話ですね」という囁き聲が聞こえてくる。間違い電話だというのを躊躇いつつ、彼女はその電話の相手をするのだが、……という話。電話をとるまでの前半にさらりと彼女の過去を描きつつ、主人公の心の奥にある鬼畜魂が最後に惡魔のような結果を呼び起こします。
過去と現在が交錯する物語が進むにつれ、主人公の心の闇が明らかになっていくという構成は、続く「骨董屋」も同樣で、こちらは現実を飛び越えて物語の登場人物はついに境界を超え向こうの世界へと足を踏み入れてしまいます。
突然入った骨董屋で、饒舌に話しまくる店員につかまってしまった主人公。訳の分からない話をまくしたてるこの店員がこれまたイヤ感をビンビンに釀し出しているところが素晴らしく、どうにか店を出た主人公が待ち合わせをしていた男に会うと、……という話。最後の一行の後に續く場面を思い浮かべてぞっとなってしまう、これまた構成のうまさが光る佳作でしょう。
「流刑」も、かつて少女時代に住んでいた村の祭を訪れた主人公の女性が、過去の悪夢へとはまりこんでいく話。奇妙な祭のようすをじっくりと描きつつ、主人公の記憶の底にある過去が明らかにされていくのですが、ここに現在と過去を繋ぐ重要な役回りであるキ印男が登場、梅毒で頭をやられてしまったとかで奇妙な譫言をブツブツと呟きながらヌボーッと主人公の前に現れてはビビらせまくるのですが、この人物と主人公の繋がりが判明する最後の幕引きがいい。
「山神」は二人の女が心の奥に溜めている惡意の凄まじさが光る佳作。女のいやらしさを書かせると作者は天下一品で、こういうネチネチジメジメした心の機微(っていううんですかねえ、こういうのも)は正直普通の男ではここまでさらりと書けないでしょう。ただ個人的には作者の作品の風格では、次に續く「幻獄」のような人間の狂氣を扱った作品が好み。精神科醫に幻覺劑を飮まされた人物が見る悪夢を描いたものなのですが、繪描きのわたしが蠱惑的な魅力を持った少女に溺れていくものの、わたしの語りは進むにつれ次第に狂氣を帶びていき、最後はこのわたしの存在までもが放り出されて物語は終わります。
「山木蓮」はキ印按摩の一人語り。子供の声がうるさいと文句をいってはいちいち按摩を中断しつつ、昔語りがとまらない按摩女は完全に狂氣の世界の住人な譯ですがこの女が幼少時代に行った惡意のない犯罪が明かされる最後が恐ろしい。
「巫女」は収録作の中では一番長い作品で、親父がブチあげた新興宗教もどきの教團で自動書記を行う巫女に祭り上げられてしまった少女と、その周圍の大人どもの狂氣を描いた物語。巫女にさせられてしまう少女黎子の内面描写が見事で、父がハマっているトンデモを嘲笑いつつ、何の取り柄もない自分にも霊能力があるというお告げを受けてしまったゆえにそのトンデモを心情的に全否定出來なくなってしまったという設定が絶妙。
父親の矛盾とトンチンカンな言動に振り回されることなく、自分は自分で好きなようにやっていこうとするのですが、周圍の大人のどもの思惑に利用され最後には教團の關係者である若者と脂臭いディープキスをしてしまったばかりにささやかな霊能力も喪失してしまう。大戰の時代風俗も巧みに絡めて樣々な登場人物の心情と妄執を描いた傑作でしょう。
そんな譯で、イッキ讀みを試みるのはかなり危険。個人的には作者の作品は夢野久作より毒があるように思うんですけど、やはりマイナーなんでしょうかねえ。それでも本作の卷末に添えられた作者のあとがきは短いながらも一讀の價値あり、でしょう。
一部「皆川博子作品精華」にも収録されているものの、少女という主題にふさわしい魔性の作品をコンパクトに纏めた本作は、作者の作品に未だ手をつけたことがないというウブな本讀みにもおすすめでしょう。しかし個人的には劇藥を所望の方にのみ、という但し書きをつけておきたいと思います。