ウメカニズム搭載、狂氣の館。
という譯でイッキ讀みですよ。これは素晴らしい。正統な館ものでありつつ、楳図センセリスペクトの心意氣が炸裂した傑作。
館シリーズの中で近い雰囲気は人形館なんですけど、眞相のエグさ、そして狂氣と惡意はこちらの方が遙かに強烈、事件の真相から釀し出される雰囲気は、何となく楳図センセの大傑作「洗礼」に近い、……なんて個人的感想を述べてしまうと妙な先入觀を与えてしまうかもしれないのでこれくらいにして、さっそく物語のあらすじを述べるとしましょうか。
物語の語り手は小學校六年生の時、お屋敷町のびっくり館で殺人事件に遭遇したという青年で、彼が「もうずいぶん前の話になる」とその當事を回想するところから始まります。で、そんな昔話を思い起こすきっかけとなったのが、とある古書店に入った時に見つけた一册の本でありまして、この古書店の店主と思しき男の描写からして綾辻センセ、相當に氣合いが入ってます。
何しろこの店主というのが、黒いダブダブのマントみたいを服を着ていて、おまけに店ン中だっていうのに顏を隱すように深々とフードをかぶっているというから怪し過ぎ。で、ぼくはそこで一册の推理小説を見つけるのですが、この本こそは鹿谷門美の「迷路館の殺人」だった、……とこんなところでもセンセは自著をさりげなくアピール。
「迷路館の殺人」の著者近影を見て、そのひとのことを思い出したぼくはすかさず本をつかんでレジへ直行、フードをかぶったまま顏を見せない店主に見送られると、マンションに戻るや「迷路館」をイッキ讀みします。その本の中で見つけた中村青司という名前にピン、ときたぼくがさっそくその名前をググッてみると、「中村青司の「館」と殺人事件」という名前のサイトを發見、そこに「びっくり館」の名前を見つけたぼくはクリスマスの夜に起こった殺人事件を思い出し、……という話。
そしてぼくがその死体を發見したときのようすが描かれたあと、中盤までは、びっくり館に住んでいる少年とぼくが知り合い、交流を深めていくまでのいきさつが描かれていくのですが、このあたりはちょっと冗長ですかねえ。しかしこの少年と一緒に住んでいるというキ印の老人が登場するや物語は俄然テンションをあげていきます。
館に住んでいるのはこの老人と少年の二人だけで、話によると少年には姉がいたとのことなんですけど、彼女は発狂した母親に殺され、おまけにその母親は精神病院に入院しているという。で、老人は背丈が一メートルほどもある大きな人形を購入、それに殺されてしまった孫娘の名前をつけて可愛がっている。
で、この老人がなかなかの頑固爺で、ちょっとしたことで恐い顔をしたかと思うとすぐさま元に戻ったりと完全に情緒不安定。さらにこの爺、「儂は腹話術が得意なんじゃ」と勘違いしていて、ぼくがいとこの女の子を連れてびっくり館を訪問したおりには、唐突に腹話術ショーを開催、こちらの空気も読まずに巨大人形のリリカに合いの手を入れさせ乍らびっくり館の縁起を語り始めたからこっちが吃驚ですよ。
しかし何しろこの爺の腹話術がヘタクソで、リリカの聲色を眞似ながら人形の口をパクパクさせているものの、同時に自分の口もパクパク動いていて全然腹話術になっていない譯です。それでも爺は大眞面目で、妙に調子っぱずれの聲色を使いながらリリカになりきって喋っているからサイコ風味は超満点、この腹話術ショーを目の當たりにしたぼくはその場で爺をキ印認定。後日ぼくは再びびっくり館を訪れようとするのですが、少年が病気に罹ってしまい果たせません。で、電話をすれば爺が出るから埒があかない。
一方語り手のぼくは少年から仕掛け箱をもらってい、そのパズルを解いて御覧といわれておりまして、ようやくその仕掛けを解いてみると、なかからは「Help us」と書かれた紙片が出てきます。吃驚したぼくはいとこや家庭教師の男を誘って再びびっくり館を訪れるのですが、ツリーには蜥蜴の干物が吊されているし、ぼくが少年にあげたゲームが壞されて転がっている。
何か尋常じゃないことがこの館で發生したことは明白で、少年の姿も見えず、ぼくたちはついに前回キ印爺さんが不氣味な腹話術ショーを披露した「リリカの部屋」の前に辿り着くや、鍵が掛かっている扉をブチ壞してなかに入ると、老人が背中からナイフを刺されて死んでいて、……。
この「リリカの部屋」には中村青司がつくった仕掛けがあったりして、それがこの密室事件へ大いにかかわっているのではないか、ということをほのめかしつつ物語は進むのですが、その密室の眞相がまったく違った方向から明らかにされる部分は當に驚愕、このシーンは子供が讀んだらかなりのトラウマになることは必至。自分を産んでくれた母親が精神病院に入院していてというあたりも、何となく楳図センセのへびおばさんを髣髴とさせ、更にはその發狂した母親が事件前に病院を脱走していたというくだりもいい。なにげにこういったディテールにトラウマテイストを鏤めているあたりが素晴らしいですねえ。
このあと、仕掛け箱の中に入っていた「Help us」の言葉を巡っていくつかの推理がなされるのですが、この密室の眞相、そしてキ印爺の狂氣、この館に暮らしていた少年といった組合せが當に楳図テイスト。「人形館」とはまったく違ったところから人間の心の闇と狂氣を探ろうとする綾辻センセの心意氣を感じてしまうのでありました。
個人的にはこの作品、かなり好みですねえ。綾辻センセの幻想ミステリ作品の極北を「霧越邸」とすれば、本作は現時点におけるセンセのサイコミステリの最高峰。最もサイコといえど、最後の最後で語りが幻想へと回歸していく手法は美しくも不氣味。ちょっと虚假威しかな、という氣がするものの、ミステリーランドではこういう終わり方もありでしょう。
館そのものが持っている妖氣は薄味ながら、腹話術爺のキャラはそれを補っても余りあるほどの強烈さでノープロブレム、全編に漂う濃厚な狂氣にキワモノマニアも大滿足のトラウマジュブナイル。綾辻センセのファンは勿論マストでしょう。おすすめ。
[03/19/06: 追記]
一応これから讀むひとの為に、注意事項として挙げておきますが、謎解きミステリとして讀んだらダメです。これはサイコミステリ、或いはバカミスの境界線上にある作品(とりあえずバカミスにはいかずにこちら側に辛うじて留まってはいます)として讀むべきでしょう。どのジャンルの作品として讀むかによって評價が大きく分かれてしまうような氣がします。