台湾ミステリといい乍ら敢えて日台編、とつけてみたのはやはり綾辻氏訪台を一番のトピックとして挙げたいからでありまして、今年は「ファウスト」台湾版リリースで太田氏とともに乙一氏が訪台したりと、昨年の有栖川氏、芦辺氏に續いて日本の作家が台湾を訪れたということで、日台雙方のミステリを愛する自分としては嬉しい限りでありました。
一方、訪日してミステリー文学賞の授賞式に出席した藍霄氏は、昨年訪台された有栖川氏の長編「乱鴉の島」のあとがきに名前が挙げられていましたし、案外自分のような素人の知らないところで着々と、そして確実に日台のミステリの交流は深まっていっているのかもしれません。
とはいえ、未だに台湾ミステリの現状を歪曲して、自分の作品が飜譯されたのをいいことにあたかも自分はブームの中心にいるんだ、みたいなことを嘯いている本格理解「派系」のプロ作家もいたりするので油断がなりません。
そういった「繩張り意識と定義を混同して」、台湾ミステリを自らの保身と繩張り拡張に利用するようなことは、……って昨日と同じことの繰り返しになってしまうので一寸話題をかえて(爆)、日台という繋がりからちょっと離れて訪台したミステリ作家を挙げてみると、昨年ローレンス・ブロックに續いて、今年は自分の知っている限りでも十二月にはジェフリー・ディーヴァーが來台、台北、高雄、台中を訪れファンとの交流を行いました。
という譯で、これだけでも台湾でのミステリブームが日本の新本格のみのものではない、ということの十分な證明になっていると思うのですけど如何でしょう。とはいえ、やはり日本のミステリが台湾のミステリファンにとっても特別な存在であることは確かで、今年は日本のミステリを大々的に取り上げた雜誌「謎詭」が創刊されました。
この雜誌、情報の濃さと、小説のみならず日本の映畫やコミックまでを網羅した幅の広さにも注目で、第二號も大いに期待出來るのではないでしょうか。また、日本のミステリファンにとっては、台湾のミステリファンが日本のミステリをどのように愉しんでいるのかということを知る為の恰好のテキストとなり得るのでは、なんてことも考えてしまいます。
ミステリ雜誌の創刊といえば、EQMM中文版として「MYSTERY」が出たことも注目すべき話題のひとつでしょう。創刊號には凌徹氏の傑作短篇「幽靈交叉點」が収録され、大いに期待させたものの、第二號では台湾作家の創作の収録はなし、島崎博御大による日本の新本格を紹介した文章が掲載されているのみで、個人的にはガッカリ、でした。まあ、今後、台湾のミステリ作家の創作もドシドシ取り上げていってもらえると嬉しい限り、ですよ。
で、創刊される雑誌があれば去るものもある譯で、「推理野葡萄」でも日本のミステリを繼続的に取り上げてくれていた「野葡萄」が四十期を最後に休刊となりました。去年の有栖川氏の訪台や今年の綾辻氏の訪台についても特集記事を組んだりして日本のミステリの紹介をしてくれていた雜誌であるとともに、初期の未だ判型が小さかった頃には既晴氏や藍霄氏をはじめとした台湾ミステリ作家の短篇も積極的に掲載していたという點で、當に台湾ミステリの黎明期を支えてきた雜誌でもあった譯で、休刊については非常に寂しいものがあるのですけどまア、日本のミステリの紹介については上に挙げた「謎詭」に期待、でしょうか。
次に創作の方に目を向けてみると、既晴氏が絡んでいる人狼城推理文學奨の作品が明日便利書から文庫サイズでいっせいにリリースされたことが個人的には嬉しく、その中で個人的なお氣に入りを挙げれるとすれは、やはりまずは「野葡萄」に収録された冷言氏の作品を取り上げない譯にはいかないでしょう。
倒叙形式の中に「事件」の「眞相」を隱蔽し果せた構成が光る「空屋」、そして正統な本格ミステリを裝い乍らも、そこに語りの仕掛けを施した「風吹來的屍體」、更には意想外な手掛かりの掲示から推理を導き出す手法が新鮮だった「找頭的屍體」など、氏の傑作短篇がこうして一册の本として纏められたのは素晴らしいと思います。
また冷言氏の作品と竝んでオススメなのが、寵物先生の「名為殺意的觀察報告」で、これまた倒叙の語りにアレ系の仕掛けが光る傑作で、個人的にはこれ、綾辻氏の某傑作の見事な「本土化」を達成した作品として自分は大變評價しているものの、台湾のミステリファンの間ではこういうふうにミステリの技術論を以て作品を評價する風潮が未だ希薄に感じられたりするんですけど、実際のところどうなんでしょう。まア、自分の知らない何処かで日本のミステリファンと同樣、台湾のミステリファンが口角泡を飛ばして熱い議論を展開させていることを願ってます。
で、今チラっと言及した「本土化」という言葉ですけど、勿論これは今年リリースされた話題作、陳嘉振氏の「布袋戲殺人事件」を意識してのことでありまして、正統な本格ミステリ的な構成と、奇天烈な密室トリックで台湾ミステリを体現したという點で非常に魅力的な作品乍ら、本作で殊更に強調されている「本土化」という評價に關しては、些か疑問に思うところもあったりします。このあたりは上の書評でも簡單に書いた通り。
またこのブログでも大々的にプッシュしている既晴氏は、「超能殺人基因」に「修羅火」という二長編に連作短編集「獻給愛情的犯罪」をリリース、更には島崎御大とともに訪台した綾辻氏と鼎談をもったりと、當に日本のミステリファンからも大注目の一年でありました。綾辻氏の訪台について既晴氏がサイトにて發表されたエッセイを、簡單ながら日本語で纏めておきましたので、ウィキのリンクから辿っていただければと思います。
で、今年の作品で一番のオススメはやはり既晴氏の「獻給愛情的犯罪」でしょうか。倒叙の變容を用いた展開と、連作短篇という構成美に支えられた小説技巧によって、人間の悲哀と非情を描ききった當に傑作。仕掛けから小説的な完成度も含めて、當に台湾ミステリを代表する作品といってしまってもいいのではないでしょうか。
綾辻氏の訪台、そして有栖川氏の「乱鴉の島」から、既晴氏と藍霄氏の名前が日本のミステリファンにも大きく認知されたという點で、今年は日台ミステリの交流の記念すべき年だったのではないかな、なんて思ったりするんですけど如何でしょう。來年は作家の方々(電波野郎は除く)、そして日台雙方のミステリファンも含めて、日本そして台湾のミステリがもっとモット盛り上がっていけばなア、と期待してしまうのでありました。