メタ漫畫火曜サスペンス。
何だかタイトルだけ見るとベタベタなトラベルミステリかな、というかんじがするんですけど、中身の方は、作者の作品の中でもメタ的な趣向を凝らした作風でマニアにも人気が高い、ポテトとキリコのシリーズの一作です。メタっぽいという點では以前に取り上げた「天使の殺人」などと比較しても、初期のメタミステリに近い風格が濃厚に感じられる佳作に仕上がっています。
流氷を眺めながらふられらた女のことを思い出してはウジウジしている男の獨り言で幕を開ける物語は幻想風味イッパイなんですけど、實はこのプロローグは作中作というべきリレー小説の冒頭部で、「流氷号」なる特急列車がトンデモない事件に巻きこまれることを仄めかしつつ、物語はすぐさま「ぷろろーぐ」という脱力なタイトルを添えた本編の冒頭へと流れます。
この部分がポテトとキリコのパートで、「プロローグ」に綴られた物語はリレー小説の第一回であることが明かされるんですけど、同人誌に掲載されるこの小説のタイトルは「幻の流氷特急殺人事件」、……って當にこの本のタイトルな譯ですけど、ここからすでにメタ的な趣向は始まっていて、このあと、リレー小説の第一回を書いたイケメンの自意識過剰君が二人の部屋に御登場。
で、キリコのことを「美人だ」、「ここに牧(ポテトのこと)がいなければ、すぐにベットへ誘うところだ」などとジゴロっぽい台詞を吐き散らして、すっかり場の雰圍氣からは浮きまくっている自惚れ野郎のワナビー曰く、
なるほど、今でも将棋や囲碁の世界では、プロとアマの力の差は、厳然たるものがある。だが野球や相撲の場合はどうだ。かつてのプロの壁は極度にひくめられている。まして藝能の世界をごらん。昨日の素人が、今日の芸人だ……タモリの例をひくまでもない、おニャン子クラブの凄まじい売れ方はどうだ!小説の世界だって油断はできないよ、スーパーくん。なんたって今の読者は、数をこなしているだけに目が肥えている。手垢のついたプロの発想より、多少建てつけが悪くても素人の自由なアイディアを喜ぶんだ。
とどう見たって、プロ作家になったポテトに對する負け惜しみとしか思えないようなことを嘯くこの男に、コン畜生と思いつつそれでも大人のキリコがにこにこしていると、お前は探偵なんだから、リレー小説の解決編はお前が書け、俺がどんなトリックを使ったかは自分で考えろ、と俺樣ぶりを発揮。
で、外枠にこのリレー小説の構成をおきながら、「流氷号」が強盗に乘っ取られて雪原に姿を消してしまうまでの作中作のパートを併行して描きつつ、リアルの場面では、リレー小説を主催している自意識過剰のワナビーが御約束通りに殺されてしまう。
男が死んだとの知らせを受けて現場に駆け付けた二人は、あれだけのマニアだったのだから、ダイイングメッセージを殘している筈だと確信、左右逆の文字盤を持った奇天烈時計が床スレスレのところに置かれていたり、右の抽斗には「左」、左の抽斗には「右」と書かれた奇妙なはり紙など、左右があべこべの妙チキリンな部屋の中にはしかし期待していたような、あからさまな死に際の傳言を見つけることは出來ません。
リアルの場面ではリレー小説に絡めて彼を殺したと思しき容疑者のアリバイなどに探りを入れる一方、作中作たるリレー小説の中では、消失した「流氷号」の謎解きが進められていくのですけど、この大仕掛けのトリックは素晴らしい。
これ、島田御大が書いたら、幻想的な流氷のシーンに樣々な怪異も織り交ぜて「奇想、天を動かす」みたいな作品になったんじゃないかなア、なんて思ったりするんですけど、本作は辻御大のスーパーとポテトのシリーズゆえ社会派の風格は皆無、流石に解決編で主人公の男が開陳する推理シーンでは、サスペンスドラマ風のすっきりと纏まった展開を見せるものの、眞相が明かされるシーンからは御大のメタ風味が炸裂。
スーパーが推理した謎解きが挿入され、それをポテトが書き換えたりと、漫畫チックなやりたい放題ぶりにニヤニヤしてしまいます。ここでもシッカリと小説中に凝らした伏線を回収してみせる丁寧さが光っているのがいい。
またリアルな世界では、ワナビー殺人事件に續いて女が殺されてしまうのですけど、こちらの眞相もまたある意味トンデモ。これって中町センセ?みたいな特殊な病気も絡めて、あべこべの部屋の謎の眞相が開陳され、犯人の次なる犯行を阻止する為に二人は北海道へ旅立つのだが……。
リレー小説が進む中、時折スーパーとポテトの茶々が入るところが最後に思わぬハジケっぷりを見せつけるところなどメタ的な遊びも愉しく、またリレー小説の中で使われた列車消失のトリックの豪快ぶりなど、輕すぎる語りがアレながら、ミステリとしての完成度もなかなかの佳作だと思うのですが如何でしょう。
個人的にはこの作品のテーマはやぶれさる探偵かな、なんて氣がするんですけど、裏テーマはやはり、ワナビーの嫉妬、ということになるんでしょうかねえ。犯人の手記によって犯行とその動機が明かされるところは、サスペンス劇場らしくない犯人の慟哭が添えられているとはいえ、その語りの軽さはやはりアレ。ここでも重みに流れない風格は辻御大の眞骨頂でありましょう。
トラベルミステリらしいタイトルに相反して、初期作にも通じるメタ的なお遊びと豪快なトリックが炸裂する本作、その本格ミステリ風味が濃厚な作風から、「仮題・中学殺人事件」など一連のシリーズを復刻した創元推理からいつかはリリースされるんじゃないかなア、なんて期待してしまうのでありました。