樂屋落ちメタミステリの極北、マニア神降臨。
「ミッドナイト・ギャラリー―都筑道夫ふしぎ小説」に續いて、出版芸術社絡みで本作を取り上げてみたいと思うんですけど、この作品、内容は勿論、實は讀了後にある人物の名前でググってトンデモない事實を知ってしまいまして。まあ、それは後でチラっと言及するとしてまず本作のあらすじを。
物語の語り手は出版芸術社の編集者の溝畑康史、……とマニアの方であればこの名前にピン、と來るかと思うんですけど、この他、作者の小森氏をはじめとした実在の人物がシッカリと登場するあたり、本作は初期小森ファンにとっては堪らないメタ・ミステリでありまして、物語は冒頭、語り手の溝畑氏がとあるミステリ評論家が「や」行で始まる作家について書かないことを訝る獨り言から始まります。
このままこの評論家の「や」行の謎を中心に話が進むのかと思いきや、「新青年の時代」なる本にエッセイの寄稿をお願いされたこの男は、自分の蔵書に押しつぶされて御臨終、とある意味マニアにとっては本望の死に方を遂げたところから、物語はこの評論家が溝畑に手渡した同人誌や、そこに掲載されていた小説の作者を巡っての連續殺人事件に發展。果たして犯人は誰なのか、そしてその動機は、……という話。
編集者である溝畑の元へシツコイくらいに送られてくるミステリ短編や、その作者の謎めいた存在など、小森氏の讀みやすい文体で物語はテンポ良く展開されていくのですけど、冒頭の可愛い子チャンの新入り編集者や、大きな帽子をかぶった女、さらには小森氏自身の造詣も含めて、漫畫テイストがムンムンと感じられるところも叉ナイス。
同人誌の前編と作者を追い掛ける語り手が、謎の作者に翻弄されつつも最後に至った眞相と、その動機が犯人の手によって語られるところも何だか懐かしいミステリのテイストがイッパイに感じられるんですけど、この謎解きの幕引きによって物語が終わったかと思いきや、本作の最大の仕掛けの本番が始まるのはこれからで、ここまで讀者が讀んでいた「ネメシスの哄笑」というテキストの書き手を巡って、探偵役である溝畑とこの小説の作者である小森が小説で語られている事件の眞相を開陳していくところは當に唖然。
小説内の「事實」の正体が、その外側からの語りによって姿を變えていくという仕掛けは、創元推理から復刻された中町センセの某作をも髣髴とさせ乍ら、本作ではここに実在の編集者である溝畑、さらには作者の小森という人物を配するメタ・ミステリであるところが秀逸で、ここでは探偵の役回りの溝畑氏が、小森氏のデビュー作や、その作品の特徴や評價鉧絡めて意想外な謎解きを進めていくところが素晴らしい。
リアルを虚構の中に取り込んで頭をグルグルさせてしまう惡ノリを飄々と行ってしまう小森氏の筆も冴えわたり、最後の最後で著者のことばに書かれていた「作者を搜すミステリ」の眞意が明らかにされるところも愉しい。
ただ、この本當の謎解き部分においては、怪作「ローウェル城」の内容やこの作品の世間における評判など、リアルな部分での知識をいくらか要求される故、小森氏の初期作を未讀の方にしてみれば、このあたりは作者の狙いを十分に堪能出來ないかもしれません。
ここがちょっと心配なんですけど、本編の中で語り手が謎の作家を追い掛けていく展開は、無駄なく纏められているため、メタ・ミステリを離れたこの部分を眞っ當なミステリとして讀む、というのもアリでしょう。
またメタ・ミステリ的な集束を迎えたところで、さらに仕掛けの續きを想起させながらあとがぎが續けられるという構成もいい。「ローウェル城」「コミケ」のテイスト、更には辻御大の例のシリーズなどのキワモノテイストがタマラない、という方であれば本作も最高に愉しめるのではないでしょうか。
で、本作の語り手となっている溝畑氏なんですけど、実在する出版芸術社の編集者で、以前鮎川御大と芦辺氏が編纂したふしぎ文学館の二冊「妖異百物語 第一夜」「妖異百物語 第二夜」を取り上げた時にもチラリと名前を擧げた人物です。
この本のあとがきに芦辺氏曰く、溝畑氏はこの本の「担当編集者(にして恐るべきビブリオマニア)」と紹介されていた譯ですけど、今日何氣に氏の名前で検索をかけてみたら、な、何と、溝畑氏の正体が、自分のもっとも敬愛尊敬崇拝するマニア神である「あの方」であったとは超吃驚。
まあ、大御所ブロガーも含めた業界の中では溝畑氏の正体なんて常識なんでしょうけど、ボンクラド素人の自分にしてみれば、これは當に驚愕の眞相でありまして、實をいうとこの事實は、本作の後半に展開される謎解きよりも、自分にとっては大きな衝撃でありました。
もっともよくよく見てみれば、ふしぎ文学館のセレクトや編緝方針と、「あの方」が關わっている編緝、編緝本の嗜好は一致しているところも多々ある譯で、「あの方」の編纂者としての仕事ぶりを大いにリスペクトしておきながら、自分などは溝畑氏絡みの出版芸術社の本をこのブログで大推薦していた譯ですから、マッタク無知というか無恥というか、自らのボンクラぶりに穴があったら入りたい氣持でイッパイですよ、……ていうか、溝畑氏がイコール「あの方」っていうのは大御所ブロガー以外の方々にも常識なんでしょうか。
こうなったマニアの心のオアシス、出版芸術社のミステリ關連本は全巻讀破してやるぞ、と益々「あの方」の仕事を全力で應援していこうと思ったのでありました。