ジャケ裏には「端麗な言葉がつむぐ幻想的でマジカルな物語」、またミステリーYA!のサイトの紹介文には「壮大で美麗な世界が展開するファンタジー小説」とあり、確かに世界観のつくりこみからして異様に気合いが入りまくっているところなど、山田ミステリというよりは「宝石泥棒」あたりの質感に近いものを感じさせます。その一方、物語の中で怪異をまじえた謎が提示され、それにたいして推理が凝らされるという結構ゆえ、ミステリとしても讀めるという一冊です。
序と三話からなる連作短編集の体裁を持っていて、収録作は、流し雛がどうやっても戻ってきてしまうという怪異の解明によって、愛と因業の物語が明らかにされる「顔なし人形の謎」、高所から落ちてきた人形が人間に變じるという怪異「落ちた人形の謎」、マリー・セレスト号めいた怪異の提示から幻想小説的風格へと突き抜けた後に山田小説的投げっぱなしで続編を大期待させる「消えた人形の謎」。
「序」においては、主人公(?)リアとその人形の出逢いが幻想小説的な筆致で語られ、彼女を付き従えて旅をすることになる影華、ミシェルなど主要登場人物の曰くと、この物語の不可思議な世界の成り立ちが明らかにされ、その後、第一話「顔なし人形の謎」へと流れていくのですけど、もっとも本格ミステリとしての強度が高いのがこの第一話。顔なし人形とある通りに、死体の顔が傷つけられているという、本格ミステリとしては定番の顔無し死体に、流し雛の怪異を交えて、過去の因業と事件の顛末が語られていくという展開です。
とはいえ、この物語世界がリアルと幻想という光と影に二分されつつも、主人公であるリアと彼女の人形オフェーリアにとってその境界は曖昧で、物語も独自の言の葉に蠱惑的なふりがなをつけて進行するという風格ゆえ、推理というよりは、人形師が幻視したコトの顛末を中心に事件の真相が語られていきます。
現実世界での怪異が、人形師によって過去の因業が明らかにされた刹那に消え去ってしまうというところなど、何となく憑きもの落としを彷彿とさせるものながら、人形師である娘っ子自身には大それたことをやっているという自覚がありません。そもそも現実世界の言葉をうまく話せないというふうに何処か白痴のような雰囲気を漂わせながら、自分の意志とは關係なく向こうの世界へと意識が飛んでしまうことも度々、したがってリアルの世界を制御して操りを施す力もありません。
「序」の中で、異人ボーイに名前を聞かれて、「オフェーリアのリア」というふうに、人形の名前に喩えて自分の名前を明かしてみせる通りに、そもそもこの白痴的な娘っ子の存在が先なのか、それとも或いはこれらは総て人形の見ている夢なのか、地の文の語りの朧氣な雰囲気とも相まって、物語全体もまたリアルな事件を扱いつつも何処か夢の世界での出来事のように混沌としているところが個性的。
續く「落ちた人形の謎」においても、非常に現実的なかたちで事件の真相が語られるものの、最終話となる「消えた人形の謎」では完全にミステリから離れて向こうの世界へと突き抜けてしまった展開で魅せてくれます。
この世界の成り立ちとさながら善悪二元の對立をイメージさせてこの後の展開を大期待させつつも、消失事件というリアルの謎はアッサリと後半で推理を開陳、しかし物語世界にかかわる根本的なところの謎は放擲したまま、あっけなく物語は終わってしまいます、――っていうか、また山田氏お得意のシリーズ化を期待させながらの投げっぱなしですかッ!、と思いながらミステリーYA!のサイトを見てみたら、来年には「オフェーリアのつづきの物語」としてこの続編の刊行が予定されている様子。
その内容は「消えた人形の謎」の續きかと思っていたら、どうやらマッタク異なるようで、
お雇い外国人である鉄道技師の父親を持つミシェルは、不思議な能力を持つリアと遭遇した事件を思い返す。彼女には本当に人形の声が聞こえたのだろうか。あの一連のできごとにはすべて論理的な説明がつけられるのではないか、と。「オフェーリア」を別の視点から語りなおしたミステリー・タッチの物語。
「あの一連の出来事」と書かれてあるところの「出来事」というのが、話の中で真相として語られた現実世界での事件をことをいっているのか、それともリアとオフェーリアたち登場人物の振る舞いやこの二重写しの世界を含めた成り立ちに絡めた事々を意味しているのかは判然としないものの、ミステリとファンタジーの強度な連關、そして最終的にはそうした世界観を本格ミステリの技法によって包み込んでしまう結構といい、色々な意味で島田御大の「CFW」と比較したくなってしまいます。
今、本作を讀むのも勿論アリだとは思いますが、自分のようなセッカチな人は案外、来年の「オフェーリアのつづきの物語」を刊行を待ってからイッキ讀みした方が良いかもしれません。とはいえ、ひとつの完成、完結された世界の物語として、ファンタジー、幻想小説的な讀みを行っても十分に愉しめる一冊ゆえ、ミステリとファンタジーの連關にこだわらない方であれば没問題、でしょう。
巻末の「オフェーリアの言の葉事典」も相當に気合いが入りまくってい、さらにここへ超絶美人切り絵師福井女史の手になる装丁によって、山田氏の紡ぎ出した物語世界を美しい本へ仕上げたこれまた超絶美人編集者「野良猫エディターことM嬢」の編集も巧みで、「雨の恐竜」と同様、ミステリーYA!ファンであれば必携の一冊といえるのではないでしょうか。