出版芸術社からリリースの鮎川御大コレクションの完結編。例によって解決編と題した回答を巻末に据えた所謂受験参考書形式がアレなんですけど、推理ゲームとしては定番のトリックを洗練された手法で見せてくれる安定感は流石です。
収録作は、モテモテボーイの結婚宣言が社内殺人に發展する「ドン・ホァンの死」、師匠を裏切って奧様と不倫を續ける男がエロ作家の先生を殺害しようとする倒叙もの「ポルノ作家殺人事件」、砂時計の暗示する死に際の伝言が見事なミスディレクションを決めてくれる「砂の時計」、大麻のラリ男が自らの盗作を詰問されてコロシに走る「葬送行進曲」、これまたゲスな詩人に脅された女編集者が完全犯罪を目論む倒叙もの「詩人の死」。
毒殺未遂に續く殺人事件にタイトルも含めた騙しの技が光る表題作「二つの標的」、トンデモ判事の被害者たちが偶然乘り合わせたバスが大雪に立ち往生、辿り着いた別莊で御約束通りにゲスい判事が殺されたかと思いきや、……「七人の乘客」、殺人事件の犯人が乗りあわせたローカル線がこれまた吹雪でストップ、ここから殺人事件が發生する「終着駅」、警察にかかってきた殺しの現場の実況中継プロローグからイジワルな仕掛けが炸裂する「占魚莊の惨劇」、大谷羊太郎とのリレー小説「密室の妖光」の全十一編。
前作と同樣、ボンクラな自分としてはやはり眞相に到るのが比較的容易な倒叙ものがお氣に入りで、その中でもエロ作家を師匠に持つ男が、欲求不満の奧様と不貞の關係を持ったすえに夫殺しをけしかけられる「ポルノ作家殺人事件」がいい。
この師匠であるエロ作家というのが原稿を奇妙な声音で朗讀、男はそれを録音したブツのテープ起こしをしているんですけど、欲求不満な奧様と關係を持ってしまった彼は旦那を殺して財産をモノにした曉にはあなたと一緒になりたいの、なんてかんじで美人の奧様からけしかけられてしまいます。
突然の提案にビクつくも、旦那を伊豆の別荘で殺してアリバイを画策すれば良いといわれて、夫人と二人でいよいよ殺しを決行するも、例によってつまらない失敗をしでかしてしまい、……という話。
いかにも懷かし風味のトリックがその裏を返して犯人の失敗に繋がるところなど、推理ゲームとして見たら些か易し過ぎるものの、エロ小説を朗讀してみせる旦那のマヌケっぷりなどのディテールが妙に笑える作品です。
推理ゲーム小説らしく、仕掛けの巧妙さで見せてくれるのが「占魚莊の惨劇」で、例によって「私だけが知っている」シリーズゆえシナリオ仕立てなんですけど、ここにまたイジワルな騙しを添えているところが秀逸。
冒頭、女が刑事に電話をかけてくるんですけど、御約束通りその場で女は殺されてしまいます。で、そのあとすぐさま刑事が慌てて現場に駆けつけるシーンに移るのかと思いきや、事件の背景となる人間關係をジックリと描いていき、最後に再び件の殺人場面へと立ち戻るのですが、これには見事に騙されてしまいましたよ。スタンダードな作品が續く中、まさに不意打ちを決められたというか。
ネタはミスディレクション、とはっきりと明言しながら物語が進む「砂の時計」もなかなか見事な仕掛けで見せてくれる佳作で、妙チキリンな樂団員の中で殺人事件が發生、被害者は砂時計を握りしめていたところから推理作家はこれを死に際の傳言と確信、ブツの特徴からその意味するところを開陳してみせるのだが、……という話。
ただ實際は非常にシンプルな見せ方ゆえ、御大の癖を分かっている人には、この砂時計がどういう「意味」を持っているのかという點については案外簡単に見拔けてしまうかもしれません。ここでは寧ろそのミスディレクションを御大がどのように物語の中で展開させているのかに注目、でしょうか。
登場人物たちの人間關係や、毒殺未遂と殺人事件の繋がりなど、一見すると込み入ったように見える物語の中へ、非常にシンプルな伏線を凝らした「二つの標的」も、その巧みな構成から學ぶところの多い佳作でありまして、物語はとあるロッジに赴いた私の語りで進みます。
私もファンだという女声カルテットがロッジに宿泊しているとあって期待大、食後のリサイタルに盛り上がるも、どうやらメンバーには何やら不穩な空氣も感じられる。盗作事件だの婚約破棄だの、殺人の動機にもなりえるネタが語られるなかで、毒殺未遂事件が發生、そしてついに殺人が、……という話。
毒殺未遂事件と實際に殺された人物が異なるところや、それらしい動機が語られているところなど、推理ゲームでは定番の構成乍ら、「二つの標的」というタイトルが暗示する動機の隱し方がうまいと思いました。
特別収録の「密室の妖光」は、問題編を大谷氏が、そして解決編を鮎川御大が書き上げ、この作者を當てるという趣向で發表された作品とのこと。まあ、クラシック關係の蘊蓄や、複数の容疑者のアリバイ崩しで物語が進む後半の展開は、いかにも鮎川御大らしい風格です。
問題編では、丑三つ時に赤ん坊の泣き声が聞こえたり、人魂と思しき怪異が出現したりとややオカルトっぽい出だしから、妊娠していた女が密室状態の部屋の中で殺されていたというふうに流れていく中、密室のトリックは解決編に引き繼がれないまま、アッサリと後半でその謎が解かれてしまいます。
したがって解決編では、容疑者として挙げられていた三人の誰が犯人なのか、ということに絞られていくのですけど、ここへ新たに第二の殺人が發生。第一の殺人と絡めてアリバイ崩しが進みます。
前半と後半との風格のギャップがリレー小説らしい味を出しています。ただ大谷、鮎川御大と手堅い作風の二人で組み上げられた物語ゆえ、リレー小説のお樂しみである展開の破綻を愉しむことが出来なかったのはちょっと殘念、……とはいえ短篇のリレー小説にそこまで求める欲張りすぎかもしれません。
前作を讀んでいて御大の癖を分かっている人には安心して推理ゲームを堪能することが出来る本作、推理ゲームの骨法が忠実に守られた構成には些か舊さを感じてしまうことも事實なんですけど、寧ろこの基本の結構をどのように崩していくか、ということを考えながら讀んでいくというのもアリかもしれません。
ふしぎ文学館の出版芸術社を應援する意味で買い續けた本シリーズですけど、このコレクションのあとは横溝正史自選集の刊行が十一月から始まるとのこと。正史は角川文庫であらかた揃えているんですけど、「 初出時に掲載されたまえがき/あとがき、著者による後年の回想録、当時の担当編集者へのインタビュー、横溝家の座談会等、貴重な資料を多数収録した決定版!」とあるところから、マニアとしてはやはりこれもマストでしょうかねえ。個人的には早くふしぎ文学館の次作をリリースしてほしいなあ、と思うのでありました。