「弁頭屋」の文庫化で、タイトルとしては「弁頭屋」よりこちらの方がインパクトは上で、七戸優の表紙デザインもまたナイス。「姉飼」と同様、何だかもう訳が分からない世界設定によって強引に物語を推し進めていくところがこれまた讀者を選びそうな一冊ながら、「姉飼」で作者の作風を理解している方には没問題でしょう。
収録作は、人間の首を弁当箱に見立てて売っている怪しい姉妹と彼女らに魅入られた男を待ち受けるおぞましい奈落「弁頭屋」、人肉食学園での奇天烈な聖餐「赤ヒ月」、キッチン家電に恋した夫婦のシュール過ぎる情景「カデンツァ」、古風な語りに残酷童話の趣向がハジける「壊れた少女を拾ったので」、桃色の壁蝨に覆い尽された終末世界を静謐感溢れる筆致で描いた「桃色遊戯」の全五編。
シュール過ぎる作品群の中に一編だけ、マトモな話が入っているという構成も何だか「姉飼」みたいなんですけど、ハジけっぷりではこちらの方が遥かに上で、そもそも「弁頭屋」の世界設定からしてマッタクの意味不明。どうやら首相の一言で戦争をおッ始めてしまった日本が舞台なのですけど、そもそもいったいどの国と戦争をやっているのかも判然としなければ、主人公も訝る通りに果たして本当に戦争など行われているのかもよく分からない、――というか、そんな設定どうでもいいジャン、とばかりに冒頭でさらりと説明されるこれらのお話はスッカリ放擲して、この後は怪しい弁頭屋の姉妹と主人公のボクとの奇妙なお話が描かれていきます。
人間の首を切り取って、脳髄のかわりに弁当のネタが入っているという設定も奇天烈ならば、時折その首が残留思念を持っていてボソリと何かを語ったりといったいふうに悪夢的な情景が冴え渡るところから、このあたりの世界観をシッカリと把握しないと気が済まないという讀者は完全に置いてきぼり。
しかし、解説で日下氏が述べている通りに、こういった世界設定の不安定さが遠藤ワールドのキモで、人肉食というタブー世界がグログロに展開される「カデンツァ」にしても、腹をパックリと切り裂いても人は死なないし、痛みはあるもののそれほどでもないようだし、というふうに登場人物たちの感覚がリアル世界とは完全に乖離していれば、このあたりの物語世界とリアルとの距離が・拙みかねる曖昧さゆえに、登場人物たちの考えや行動を先読み出來ない宙吊り感が何ともいえない怖さを醸し出します。
「姉飼」では後半からは予定調和的に進んでいく展開に、個人的にはやや一本調子な印象を受けてしまったのですけども、「弁頭屋」にしろ「カデンツァ」にしろ、ハッキリいって上にも述べた通りに登場人物たちの感覚があさっての方向へ突き抜けているが為に、いったい物語はどのあたりに着地するのかまったく予断を許しません。
「弁頭屋」ではある意味、期待通りに主人公は奈落へと落ちるのですけど、ハッピーエンドというべきなのか、アンハッピーなのか、最後の一文に添えられた「苦しげに、かつ嬉しげに」という主人公の感情のように何とも複雑な幕引きで締めくくります。
「壊れた少女を拾ったので」も壊れた少女を修繕するという一見、幻想的な出来事が古風な語りで語られていく雰囲気は残酷童話とでも形容すべき風格ながら、これまたお姉さんが嫁入りしてからヘンな展開へと転がっていき、最後の情景や語り手の思惑も何だかアレだしと、頭の中がハテナでイッパイになってしまうシュールなお話で、収録作の中ではもっとも詩的でありながらもっともよく分からない讀後感に複雑至極。
「カデンツァ」は、「姉飼」に収録されていた「キューブ・ガールズ」や「ジャングル・ジム」のように、無機物と有機物のボーダーをとっ払った物語世界がハジけまくったお話で、人間が炊飯器や冷蔵庫といったキッチン家電に惚れてしまい、挙げ句に妊娠までさせてしまうという奇天烈世界が描かれていきます。
こういった奇妙な世界観だけを取り払えば、ごくごくフツーの夫婦のヌルい物語ながら、無機物が語り出す妄想ワールドを登場人物たちの皆が皆、何の違和感もなく共有しているところがあまりにヘン。緩急も抑えた普通小説的な結構で奇妙な世界が描かれていくシュールさはある意味クセになるヘンテコさです。
唯一普通っぽいのが最後に収録されている「桃色遊戯」で、桃色の壁蝨に覆い尽くされてしまった終末世界を叙情溢れる筆致で淡々と描いていくところが美しい。かなり残酷で、グロいエピソードが描かれているのですけど、それらのシーンと桃色という奇抜な色彩とのギャップが何ともいえない違和感を醸し出しているところも秀逸です。もう少し方向を変えれば、石黒達昌氏みたいな作品も書けるのではないかなア、なんて思ったりするんですけど、どうなんでしょう。
頭デッカチで完全にぶっ壊れたヘンテコ世界ゆえ、かなり讀者を選ぶかとは推察されるものの、「姉飼」の悪夢的な情景が堪らないという変態君であればハマれること請け合いという、作者の奇天烈さが遺憾なく発揮された一冊といえるのではないでしょうか。