異色作ともいえる大石氏の新刊。物語の骨格は非常にシンプルで、要するにジャケ帯にもあるとおり「大石圭版ミザリー」で、大石氏自身を思わせる中年作家が女に監禁されて無理矢理小説を書かされる、……という話。
とはいえ、本作では作家を監禁するのが醜い婆さんなどではなく、絶世の美女。しかしこの暗黒ヒロインとでもいうべき美女の造詣が一癖も二癖もあるもので、自分は序盤から大変な拒絶反応を覚えてしまい、読み進めるのにかなりの苦行を強いられることとなりました。正直、大石小説で登場人物に拒絶反応を感じるなどというのは個人的には初めての体験で、かなり戸惑ってしまったのですが、後半の怒濤の展開はもう息をつく暇もないほどの素晴らしさ。読了してみればやっぱり素晴らしい、の一言しかいいようがないという逸品でありました。
自分が拒絶反応を起こしてしまったヒロインなのですが、大石小説で美女といえば、ここ最近はちょっと壊れていても、それは非常に高貴な雰囲気を漂わせているのが常で、たとえば『殺人鬼を飼う女』のヒロインなどは完全に接近禁止とでもいうべき危険度マックスのヤバさながら、その高貴な美しさゆえに、読者もシッリカと感情移入できたわけですが、……と、ここで翻って本作のヒロインに目をやると、確かに美女ではあるものの、自分の思い通りにいかないとカッとなるというアバズレで、何より許しがたいのは、作家を監禁した理由というのが、「アタシはアンタが書いた小説でデビューする。美人作家の誕生ッ!世間にチヤホヤされたいッ!」というゲスな下心が見え見えの、どちらかというと大石小説ではヒドい目に遇う方のアレなキャラであること。
美人女医みたいな高貴な仕事についている絶世の美女が、監禁した作家へ自分が読むだけの小説を書けと要求する、……みたいな趣向であれば文句なしに序盤からイッキに引き込まれていたことは確実なのにとボヤくことしきり、監禁された挙げ句まったくマトモな扱いを受けられない作家に同情しつつ、前半はこのイヤなヒロインのゲスさばかりが際立つ展開に読むのを中断しようかと思い詰めたほどだったのですが、これこそが今回、大石氏が読者に仕掛けた新機軸。
上に述べたような設定であれば、確かに読者の期待通りの、エロティックで甘美な小説となることは約束されたはずながら、その一方でそれは単に読者に阿るだけの「生ぬるい」小説になりはしないだろうか。本作の主人公は明らかに大石氏自身を意識しており、だとすれはそうした「生ぬるい」小説を読者の期待通りに描いてみせるというのは、作者の自画像を重ねた本作においては、このゲスなヒロインに「屈する」ことを意味しないか……。
実際のところ、読んでいる間はそんなふうに冷静に考えている暇はなかったのですが、こうしたメタレベルでの戦略を鑑みれば、本作がいつもの大石小説らしい常套のワンパターンを踏襲せず、敢えてヒロインをこのような造詣にしてみせたのにも納得がいきます。その一方で、作者と本作の主人公との重なりを読者の無意識にすりこみつつ、しっかりと期待通りの口淫プレイを後半には用意してある結構など、今までのファンに対するサービスに抜かりはありません。
ここまで我慢して読み続けてきた読者をねぎらうかのようにスカッとするような「勝利」が最後には主人公にもたらされるのですが、「生ぬるい」展開を忌避した以上、「絶望的」であれ何であれ、「ハッピーエンド」と呼べるような結末になるはずもなく、本作には今までにない壮絶なラストが待っています。このラストは大石小説らしくない、といえばらしくないともいえるものなのですが、物語が終わったあとの、――それでもこれから続くであろう主人公の未来を思うに、そのダークな幕引きの余韻はやはり大石ワールドならでは、とも感じたのですが、いかがでしょう。
大石小説のビギナーにはオススメできませんが、本作のヒロイン以上に大石小説を「判っている」ファンであれば、本作において作者が描こうとしたものを受け止めることができるのではないでしょうか。ひとによっては、序盤からかなりの苦行を強いられるかもしれませんが、それだけの覚悟をもって挑むだけの価値のある、非常に挑戦的な作品といえるでしょう。熱狂的ファン限定、ということになるかもしれませんが、本作もやはりオススメ、ということで。