人死にもない青春モノということで、おそらくはフツーに「日常の謎」に分類されるであろう本作、個人的にはそうした「日常の謎」にカテゴライズされることを意識した上での現代本格の細やかな技法と構図の見せ方に感心することしきり、という一冊で、大いに堪能しました。
収録作は、部室の取り合いから生じた開かずの間を巡る「密室」事件の精緻な絵解きが美し表題作「まもなく電車が出現します」、調理実習におけるある人物の不可解な行動とジャガイモの消失を「毒殺」ものの仕掛けで魅せてくれる「シチュー皿の底は平行宇宙に繋がるか?」、「日常の謎」らしからぬ「事件」の構図が、推理によって明かされる転倒によって「日常」へと回帰する結構が秀逸な「頭上の惨劇にご注意ください」、とあるブツの値段当てのハウダニットを軽妙な筆致で描いた「嫁と竜のどちらをとるか?」、背中がムズ痒くなるような胸キュン青春ものの背後に進行する隠微な操りを描いた「今日から彼氏」の全五編。
「コロシがねー、ってさ、そういう日常の謎モンはもうウンザリなんだよ。やはり本格ミステリといえば、館の中で人死にがバンバン起こって、死体がこう、ブーンとなってボンクラワトソンが現場で鮮血を見るなり卒倒しなけりゃ……」なんて嗜好のロートルであれば、この「一見すると」昨今の流れからはまず自動的に日常の謎へと分類されてしまうであろう風格とはいえ、個人的には「日常の謎」という言葉の通りに「謎」の様態に注力したものというよりは、「日常の謎」を意識しつつ、本格では定番ともいえる趣向の「ずらし」に惹かれます。
たとえば表題作である「まもなく電車が出現します」は、確かに開かずの間に突如、鉄道模型が出現という状況を見れば、出てきたものが死体でない以上、「日常の謎」だろこれは、と感じてしまう方もいるであろうことは推察されるものの、この謎そのものはロートルマニアにも定番中の定番の「密室」であるという見方も可能ではないでしょうか。
もっとも本作をひとたび「密室」ものとして見てしまうと、「密室だったら驚天動地、前代未聞のトリックが仕掛けられていないと……」なんてかんじで、すぐに密室イコール、トリックというふうに脊髄反射的な発想に繋がってしまうものですが、本作ではそうした読者の期待もおそらくは折り込み済み。
確かに密室にするためのトリックは小粒ながら、密室状況に出現したジオラマというイベントを描写していく中でさりげなく語られていたあるものが最後の最後に意外な動機と行動を明かしてみせるところなど、定番中の定番として前面に押し出された「密室」の後景にある真相を隠しつつ、その真相に気づかせないために謎そのものを読者の意識の外へと追いやってしまう構図の見せ方が秀逸です。
「シチュー皿の底は平行宇宙に繋がるか?」も、調理実習の時にある人物の皿にだけジャガイモがなかったという、「そもそもこれって謎といえるのかよ。だいたい本格ミステリにおける謎っていうのはな、ゴシック屋敷の鉄塔に死体がこう、ズン、と突き刺さって……」なんていうロートルマニアのぼやきをまつまでもなく、「そんなこと、どーでもいいジャン」となってしまうようなものながら、ここではそうしたささやかに過ぎる謎を端緒として開陳される推理の過程が明かしてみせるものの様態に注目でしょう。
ジャガイモの「消失」という現象そのものに目を凝らすだけでは本格ミステリらしさはあまり見えてこないのですが、ここから巡り巡って明かされるハウダニットはまさにミステリにおける毒殺もののソレ。本格ミステリらしくない現象の描写が、推理によって本格ミステリでは定番のそれへと変化するという構成の妙に思わずニヤニヤしてしまう逸品でしょう。
「頭上の惨劇にご注意ください」は、「日常の謎モードだから、人が殺されそうになったりしたらやあよモードだよ」なんてカンジで、首無し死体だバラバラ死体だなんて言葉を聞いただけでも白目を剥いて卒倒してしまうような今ドキの敏感系ミステリ女子でも安心という「日常の謎」、――らしからぬ不穏な「事件」が発生。ヘタすると頭をカチ割られてご臨終だったカモ、というこの「事件」の犯人捜しが行われるのだが、……という話。
探偵側の人間が同時に被害者でもあるという状況から捜査が行われ、犯人が明かされるのですが、その動機が明かされた瞬間に不穏な事件が見事な転倒を見せて「日常の謎」っぽいホンワカした風格へと転じてみせる変わり身が素晴らしい一編で、「日常の謎」で「ある」ことを意識しながら読んでいくと、この連城ミステリ的とも見える転倒の妙味をよりいっそう味わえるのではないでしょうか。
「今日から彼氏」は、「頭上の惨劇」と並ぶお気に入りで、こちらは「事件」らしい事件も起こらず、また「日常の謎」より何よりそもそも「謎」らしい謎も読者に提示されず、ロートルであれば背中がムズ痒くなるような、ボーイと娘っ子との青臭いデートシーンが描かれていきます。
しかしその背後で隠微に進行していていたあるものの行動が明かされ、そこに隠されていた「事件」が表に出てきたかと息をつく暇もなく、それが再びどんでん返しを見せるという展開で、事件も謎もないのに推理と真相開示と構図の妙からもたらされる恍惚はタマらないという、これまた現代本格らしさを感じさせる一編でありました。
個人的には「日常の謎」といえば、その言葉通りに「謎」の面で新境地なり驚きを「まず」読者に提示してみせ、「さらに」推理による真相と構図でも読者を驚かせてくれないとちょっとなア……と感じてしまうわけですが、本作はそうした意味では「日常の謎」というよりは、「日常の謎」を意識した、あるいは一般の読者が漠然とイメージしている「日常の謎」の印象を巧みに利用した現代本格として愉しみました。
「批判をするならまず日常の謎系とはどのようなものか、そいつを明らかにしてからでないとな」とか「そもそも本格ミステリってのは、ゴシック風の館で……」とか、そんなことは正直どうでもいいから、現代本格の愉しみ方で見せてくれる一冊を、というフラットな嗜好の本格読みの方であれば、自分のようなロートルといえど、本作はかなりニヤニヤできるのではないでしょうか。ということで、青春ミステリを所望の方はもちろんのこと、ロートルの本格読みだけど堅物じゃないヨ、という方にも敢えてオススメしてみたいと思います。