宝引の辰捕者帳シリーズはこの前に「鳥居の赤兵衛」、「朱房の鷹」の二冊「鬼女の鱗」「自来也小町」「凧をみる武士」「朱房の鷹」「鳥居の赤兵衛」(*1)があるのですけど、自分は本作が初めて。その短さゆえか謎の樣態も非常にさりげなく、人情噺を含ませた推理と解法もさらりとしているとはいえ、逸話に見立てた伏線の添え方などに泡坂ミステリならではの技巧を見つけてニヤニヤしてしまう一冊でした。
収録作は、盜賊逮捕でメデタシメデタシとなるところからブツの消失という謎が立ち上がる「消えた百両」、一本道での人間消失に反則技をブツけて人情噺へと締めくくる「願かけて」、よろめき夫人の帰りを待ち望む旦那の逸話に不可思議短册へ仕掛けた泡坂マジックが冴える表題作「織姫かえる」。
インチキな唐獅子墨というブツにこれまたマジック的な裏表の仕掛けがステキな「焼野の灰兵衞」、高利貸し婆のコロシに世知辛いリアルを逆説的な眞相によって描き出した「千両の一失」、屏風絵へ凝らされた悪戯描きからある人物の内心を見事に映し出す「菜の花や」。
野郎の奇天烈な行動の所以をアッサリと解き明かす「蟹と河童」、船上での毒殺事件の眞相を宙吊りにした人情噺「五ん兵衞船」、ブツを盜まれた男たちのノラリクラリに隠された裏事情「山王の猿」、ワルの死の眞相に人情噺的な解法でしめくくる「だらだら祭」の全十編。
お気に入りは、奇怪な行動の裏に意想外な眞相が隠されていて、という泡坂氏の處女作を彷彿とさせるロジックが素敵な「山王の猿」で、人死にが轉じて質流れの盜品からその野郎の身許を探っていくと、被害者であるブツの持ち主たちは揃いも揃ってノラリクラリと盜みがあったのかなかったのかをはぐらかす。果たして彼らの奇妙な振る舞いには、――という話。江戸ならではの風俗がその眞相だったりするのですけども、コロシから盜品の由来を探るうちに思わぬ眞相が明かされていくという流れが秀逸な一編です。
奇妙な行動という点では「蟹と河童」も同樣なのですけども、こちらはその眞相よりも寧ろ泡坂ミステリならではの、物語の前半にさりげなく描かれていた逸話が伏線となって眞相への連關が明かされるという結構に注目でしょう。
アンチ・ミステリというほど大袈裟なものではないのですけども、事件の樣態は明らかなものの、人情噺をベースに事件の真相を宙吊りにしてしまうのが、船上での毒殺事件を扱った「五ん兵衞船」で、船上での花見と洒落ていたところ、なかの一人が顏を眞っ赤にして川ン中へと落っこちてしまう。ここでは結局死体が上がってこないという事件の樣態が巧みで、それゆえに毒を呷って殺されたのかそもそものコロシとなる前提そのものが曖昧至極。動機の面から船に乗っていた連中が全て疑われるものの、眞相は、――という話。
トリックの一發ネタに手品の巧みさを添えて見事な事件を構築してみせるのが「消えた百両」と「織姫かえる」で、後者はマンマ手品ネタであるものの、ここから浮かび上がってくる人情噺がもどかしい。結局貞淑な奥樣のよろめきの眞相は藪の中、と、エロっぽい眞相を期待しているとそちらを宙吊りにされて呆氣にとられてしまいます。
「消えた千両」は、盜っ人逮捕の瞬間に肝心のブツが消失してしまうという謎を描いたもの。ここでも物語が進行する中でさりげない逸話が添えられていて、それが事件の真相を見拔くための伏線になっているという泡坂ミステリでは定番の結構が微笑ましい一編です。
「菜の花や」は屏風に悪戯書きされていた言葉の謎を解き明かしていくもので、それを行った「犯人」の内心に江戸ならでの敍情を効かせた洒脱さがいい。謎そのものは非常にさりげない一編ながら、そのロジックと眞相は「山王の猿」と並んで収録作中のお気に入りです。
いずれも枚数が少ないゆえ、事件もさりげなく起こって、その謎もまたさりげないという、泡坂ミステリの奇妙な味を知り盡くしたファンにしてみれば物足りなさを感じるのではと推察されるものの、その一方で、さりげなく語られた逸話があからさまな伏線へと轉じる構成など、泡坂氏らしい物語のつくりこみや、奇妙なロジックとささやかなマジックで一編の人情噺を仕上げてしまう巧みさはやはり一級品、とうなってしまいます。江戸の情緒と風俗を爽やかに描き出す、無駄のない簡潔な文体も含めて、激しさにこだわらないファンであれば愉しめるのではないでしょうか。
[10/10/08: 追記]
(*1)藤岡先生からコメントをいただきました。宝引の辰捕者帳シリーズには「朱房の鷹」「鳥居の赤兵衛」の他にも三册があるとのなので訂正しておきました。