すっかり積讀状態にしていたものをそろそろ片付けていかないといけないという譯で、まずは雅楽全集から。第一集に比較すると格段に讀みやすく、樣々な趣向で見せてくれる技もまた見事、コロシを添えた作品よりはちょっとした事件や出来事に雅楽の「絵とき」が冴えるお話の方が個人的にはツボでした。
収録作は、移籍騒動にざわめく中、譯あり幽霊観客の怪異に雅楽の推理が見事な謎解きを見せる「ラッキー・シート」、写真の仕掛けに探偵の先入觀が事件の見立てをトンデモな方向へと牽引していく「写真のすすめ」、謎男が怪異めいた密室状態で殺されていた謎「密室の鎧」、北海道を舞台に火サス的な展開でドラマのシナリオをなぞりながらリアルの人生物語が展開される「ラスト・シーン」、怪しい喪服婆さんの失踪騒動から意想外な人生劇場が描かれる「臨時停留所」。
毒舌評論家のイヤっぽい批評をキッカケに役者が謎の失踪を遂げる「隣家の消息」、美少年子役の死にコロシの動機の芸術ぶりがいかにも人工的な美を奏でる「美少年の死」、子役の誘拐騒動に探偵雅楽が見事な収拾の付け方を見せて大活躍する「八人目の寺子」、衆人環視での短冊紛失事件に雅な所作のトリックが明らかにされる「句会の短冊」。
カンペ紛失事件に現代本格的な・莖倒を推理によって明らかにする「虎の卷紛失」、泥棒事件に隠されたモテ男のメロドラマ「西の桟敷」、メリケン進出予定の役者がイヤっぽい醜聞に卷き込まれるもその眞相は「光源氏の醜聞」、解決されるべき謎の隱蔽の技巧と見立ての・莖倒が素晴らしすぎる傑作「グリーン車の子供」、飮み屋でのちょっとした出来事から一人の女の人間ドラマの絵ときを行う「日本のミミ」、必ず妹の縁談がご破算になる小事件からシスコン兄イを交えた騒動が描き出される「妹の縁談」等、全十八編。
やはりまず最初に大注目なのは「グリーン車の子供」でありまして、久方ぶりに子供を相手する爺さん役で舞台に立ってはくれまいかという依頼に探偵雅楽は乗り氣でない、というのもすでに決まっている子役がイヤなガキで、……という現状をさらりと冒頭に述べつつ、語り手である記者と一緒に雅楽がグリーン車に乗りこむものの、生憎と席は離ればなれ、雅楽の隣には一人で東京まで行くという小さな娘が坐るのだが、――という話。
要するに謎らしい謎が掲げられず、物語は後半まで新幹線での些細な出来事がさらり、さらりと語られるばかりで、探偵小説らしい盛り上がりは一切なし。しかしこのあとにそもそもの雅楽と語り手の二人がグリーン車に乘りこむところまでを含めた操りの構図が明らかにされ、この乗車していた人物の反轉、そしてイヤな子役をシッリカとシゴかないていけないと言われていた事柄までもが反轉の構図を描き出すという結構です。
謎と解決を對置して、その橋渡しに推理を添えるのが本格の結構であるとすれば、そもそもが本編の場合、コロシもナシの趣向以上にそもそもが解かれるべき謎というものが冒頭から不在という風格が素晴らしく、それゆえにここでは「謎解き」というよりは、雅楽流に敢えて「絵とき」という言葉で語りたくなってしまいます。
いかにも怪しい人物の行動の細やかな描寫が、探偵の絵ときの中で伏線へと轉じる趣向は勿論のこと、個人的には、この人物のアレが實はアレだったというところと照らし合わせて、本当に役に馴染ませるためにアレをしなくちゃいなけいのはアレではなくてアレだったという、徹底された反轉の技巧が堪りません。傑作でしょう。
事件の絵ときが終わっても、その事件や顛末をどのように収拾、収束させるのかというのも探偵雅楽の腕の見せ所でありまして、梨園、技芸の業界という特殊な世界を舞台にしているゆえの物語の展開もまた本作の魅力のひとつ、――という譯でこのあたりを愉しみたいのが「八人目の寺子」でしょうか。
子役の失踪、誘拐事件でありながら、大騷動には到らずにその背後で静かに進行していた事件の眞相を見拔いた雅楽が、さながら神隱しから子供を現出させるがごとくに舞台の上で子供を歸してみせると大活躍を見せるところが面白い。謎解きを終えて誘拐の仕掛けを見破った探偵がそれをトレースするかたちで事件の収束させる手際も素敵な一編でしょう。
いかにも探偵小説らしい動機の異樣さで見せてくれるのが「美少年の死」で、美聲の持ち主である子役が殺されてしまうという陰慘な事件を扱いながらも、ここではそのハウダニットよりもホワイの異樣に大きく傾いた風格が素晴らしい。連城氏が描きそうな趣向でありつつも、耽美に流れず語り手の記者が淡々とした語り口で事件の流れを追いかけていくところが、逆に事件の動機の異樣さをより際だたせているところも秀逸です。
紛失事件を扱ったネタも本作に収録されたものには多く、この中では楽屋においていたカンペが盗まれてしまう「虎の卷紛失」がツボで、ガイシャの口から被害報告がなされるという冒頭部が微妙なミスディレクションになって、事件の眞相を遠ざけている描き方が面白い。
「写真のすすめ」は探偵雅楽が妙な先入觀を抱いて事件の見立てを行ったばかりに解決があさっての方向へと流れてしまうところが痛快ではあるものの、事件自体は殺された女の悲哀を際だたせたものであるところが深い余韻を残します。現場に残されていた切り絵や、写真といった小物使いがまたいっそうこのガイシャの悲哀を誘うところもマルで、収録作の中では「グリーン車の子供」と並ぶお氣に入り、でしょうか。
悲哀を誘う風格という點では「ラスト・シーン」も、北海道を舞台に火サスっぽいコロシの構図が描かれながら、劇中ドラマの脚本と台詞をトレースした登場人物たちの哀愁が推理部分で明かされる事件の真相に抒情を添えているところが素晴らしい。
技芸の世界だからこその騙しの趣向が冴えているのが「隣家の消息」で、批判された役者が失踪するも、家人にではなくその批判主に電話をかけてきたりとどうにも擧動がおかしいところから、探偵が推理してみせた眞相のある種、バカミスにも通じるオチはかなり痛快。
あからさまなコロシを扱ったものよりも、樣々な事件の顛末の絵ときをしてみせる風格の作品が面白く、本格ミステリとして見れば謎の扱い方なども含めた趣向に強い個性が感じられる「グリーン車の子供」を筆頭に、探偵の絵ときと事件の収拾に着目したい傑作をズラリと揃えた一冊で、案外、讀みやすさを考えれば、「團十郎切腹事件」より先にこちらを手に取ってみるというのもアリかもしれません。
今週は遅い夏休みでどうにも片付けなければいけない宿題が山積しているゆえ、次の更新は来週の火曜あたりを予定、今年リリースされた積讀本はまだまだ箱の中にテンコモリ状態なので、どうにかこちらを終わらせて早く普通の讀書に戻りたいと思います。