何しろ「人を殺す、という仕事」という傑作の後なので、いったいどうなのかと半ば不安な気持ちで讀みはじめたのですけど、相變わらずというか黄金のワンパターンにロリ嗜好という新味を交えた風格で、堪能しました。
物語のあらすじを簡單に纏めると、フツーの繪描きの男がモデルとしてやってきたロリ娘に恋してしまい、因業奈落へと堕ちていく、――という話。後書きに大石氏曰く、「いちいち断る必要もないと思うが、この本はウラジミール・ナボコフの『ロリータ』に強い影響を受けて書かれた」とあるものですから、推理パズルを解くような意氣込みで相對する必要があるかと心配してしまうものの、そんなに難しく考える必要はありません。
例えば主人公である繪描きとロリ娘との出會いのシーンにしても、テニスボールやリンゴの芯やプラムの種は出てこないゆえ、そうしたパズル的讀みで挑まずとも十分に愉しめます(そもそも本作では娘が繪描きを訪ねてきます)。とはいえ、本作が「ロリータ」の推理パズル的部分を取り拂ったただのロリコン小説かと思えばそんなことはマッタクなく、ロリ娘の一癖もふた癖もある造詣からして「ロリータ」へのリスペクトが感じられます。
ヒロインのロリ娘がただのか弱い纖細な娘っ子であればフツーにエロっぽいところだけを抽出してグフグフと愉しめば良いのでしょうけど、本作のロリ娘は「野性的」で、「落ち着きがなく」、「生意気で」「憎らしくて」「意地悪で」「可愛らし」いとうキャラでありますから、「口の周りをカレーで汚し」たりとがさつなところもあれば、「あくびをして涙を拭いたり、脚を組み直したり、貧乏揺すりをしたり、首をグルグルとまわしたり……とにかく落ち着きかな」い女の子。
このあたりのただただ綺麗なだけの少女ではない、というキャラ設定に個人的には「ロリータ」魂を感じてしまいます。確かに本作は特に後半、「むむっ、むう……」とか「ああっ……ダメっ……先生っ……、いやっ……」とか「先生、口でしてほしくない」とか、かなりのエロいシーンもテンコモリだったりするのですけど、本作のテーマはそんなロリコンエロスとはまったく別のところにありまして、物語が進むにつれて繪描きとロリ娘二人の關係が微妙な変容を見せていくところに注目、でしょう。
本作もまた大石小説では定番の、繪描きとロリ娘二人の語りによって物語を進めていくという結構で、特にこの技巧が劇的な効果を見せているところは、ロリ娘が繪描きの前でヌードモデルになるシーンです。
これまでは章ごとに繪描きからロリ娘というように語りの視点を切り替え、同じ場面を繰り返し描き出すことによって二人の心の内の微妙な距離感とずれを表現していた譯ですけども、いよいよロリ娘が裸になるというシーンでは、章ごとに語りをかえるという結構を敢えて崩すことで劇的な効果を上げています。
このシーンは本作において二人の関係に大きな変化をもたらす重要なところなのですけど、もうひとつ、――これはもう読者の予想、というか期待している二人の初體験の場面は初めてヌードになるこの場面と比較して意外やアッサリと描かれています。
このヌードモデルになる場面の力の入れようと、初體験をあっさりと流してみせたところを比較すると、やはり本作ではエロではなく、二人の関係の変化こそがキモなのではないか、なんて個人的には考えてしまいます。
さらに後半へ進むにつれて二人の因業が明らかにされ、そこから繪描きの地獄巡りが始まる譯ですけど、ここに絡めたロリ娘のヤンママぶりも大石ワールドの住人らしくて二重丸。「バカ野郎っ!」「この変態っ!」「どういうつもりなんだっ!」に定番の「畜生っ!」も添えて「ふざけたことしやがって!」と、一氣にドギュンなアバズレらしさを大開陳してみせるという変貌ぶりにはニヤニヤ笑いが止まりません。
しかしこの奈落へと突き進む因業に關しては、大石氏がかつてノベライズした某作品のテーマを彷彿とさせ、案外、あの仕事をしている時にこのアイディアを思いついたのカモ、なんて考えてしまいました。この主題を際だたせることによって、いつもの「口でしてほしくない」とか「むぐっ……」が禁断背徳の暗黒世界へと轉じるところも素晴らしいの一言です。
絶望的なハッピーエンドのラストは「アンダー・ユア・ベット」の強烈な暗黒ロマンティシズムに比較するとやや甘く感じられるものの、個人的には大滿足。大石ファンであれば、今回も絶對に買いの一册といえるのではないでしょうか。
ちょっと氣になるのが、ジャケ帶の裏にあるレアグッズのプレゼントでありまして、ひとつは「大石圭氏愛用のクラシカルカメラ(ニコンF)」。そしてもうひとつは「大石圭オリジナルブレンド 真夜中のコーヒー」。コーヒーの方はやはりマンダリンとキリマンジャロをベースにしたブレンドなのでしょうか。ちょっと氣になります。