「十七人目の死神」に續いて、年末のダンボール整理で出てきた昔本で、実は山田風太郎の「妖異金瓶梅」を再讀した時に探したものの見つけることが出來なかった一册でもあります。
収録作は、香しい体臭を持つ薫大将と拔群の嗅覺の持ち主である匂いの宮の嫉妬を交えた色恋沙汰が不可解な死を引き起こす表題作「薫大将と匂の宮」、屏風畫の中の鯉に戀したキ印爺の妄想が美しい幻想へと變じる「妖奇の鯉魚」、昔女の幻を見た男の哀愁を詩的な筆致で描いた「菊花の約」、妻をマンマと騙した男が地獄へと堕ちる「吉備津の釜」、田舍においてきた妻との再會の悲しい結末を描いた幻想譚「浅芽が宿」。
少年愛に狂った坊主の恐ろしき因業の顛末「青頭布」、かぐや姫を育てたおじいさんが強欲なエロ爺というキワモノ的設定がナイスな「竹取物語」、カニバリズム婆と奴隸女、そして麗しき童貞君の出會いにタイトルへ繋がるオチがステキな「異説浅草寺縁起」、色修行に励む光源氏が体驗した女の究極の愛のかたち「コイの味」などの幻想譚を含む全十二編とエッセイ。
本格ミステリとしては長編である「薫大将と匂の宮」に注目で、語り手である紫式部が奇怪な連續殺人事件に卷きこまれてしまうというお話です。色恋沙汰の中心にプレイボーイである匂の宮と純情男薫大将という二人の男を配し、彼らに關わる女が額をカチ割られた不可解な死体で見つかるも、どうやらこの事件の背後には二人の男のゲスな思惑が絡み合っている樣子。果たして真相は、――というものなのですけど、話の筋としてはいかにも昔語りを裝ったものらしく淡々と進みます。
この奇妙な死体からハウダニットへと流れる展開かと思っていると、その實、コロシの實相よりは寧ろこの色恋沙汰を引き金とする殺人事件のきっかけともなりえる事柄に力點が置かれていて、要は薫大将と女がエッチをしたのかしたいのかというところが紫式部的に重要であるというところがミソ。
ここへ香りに絡めた極上のアリバイトリックが仕掛けられているところがキモで、中盤には降霊術なども交えて犯人捜しが行われるものの、語り手の紫式部はなにげに薫大将にラブという事情から、彼女の口から語られる主觀と事件捜査の見立てについてはどうにも信用がおけないという結構から、後半は紫式部バーサス清少納言へとなだれ込んでいく奇天烈な趣向も面白い。
清少納言は薫大将を犯人と見なして、ハウダニットから引き出された推理を見事にひっくり返してみせるものの、挑戰状を受けた紫式部ときたら、薫大将の無實を主張するにしてもそのネタもなし。しかし香りに絡めたある「氣付き」から、事件の起點となったある事柄の真相を見事に喝破してみせるという展開も心地よい。
やはり興味深いのは上にも述べた通りに、ベタな本格では當たり前と見なされているコロシか自殺かという仕分けに力點をおくことなく、ある人物の操りや、色恋沙汰を軸にして翻弄される人間たちの心の惑いから事件の構図を炙り出していくという展開でしょう。
殺人か自殺というところを曖昧に殘しているあたりは、科学捜査や死体檢分もありえない昔の話だからというところに説得力を持たせるという現實的な理由もあるとはいえ、作者の「源氏物語」に対するリスペクトとして、事件の内實を色恋沙汰によって引き起こされる人間の意識の惑いの中に描き出しているところは秀逸です。ここでは三つの死のそれぞれの真相よりも、寧ろこの三つの死に連關するある流れに着目して、登場人物たちの心の行き違いが操りや策謀を引き起こすという事件の構図「そのもの」を堪能するのが吉、でしょう。
トリックとしてはひねくれたアリバイトリックが面白いのですけど、これもまた三つの死という、本格ミステリとしては派手派手しいコロシそのものに仕掛けられている譯ではなく、これらの事件の起點となるある事柄に關連したものであるところも凝っています。このあたりからも、やはり本作では、個々の事件のハウダニットよりは、三つの死とその流れ、そしてそれらを引き起こすに至った登場人物たちの心の綾が描き出す全体の構図を描き出してみせる、――というのが作者の意図ではなかったのかという気がするのですけど如何でしょう。
そういえば、「噴火口上の殺人」の殺人も、プレイボーイに騙されて死んでしまった妹の復讐を兄が、――というお話で、色恋沙汰が引き金となっているあたり、さりげなく「薫大将と匂の宮」と繋がっているような気がします。
そのほかはミステリというよりは幻想小説といった趣が強く、中では「新釈雨月物語」の「妖奇の鯉魚」、「菊花の約」、「吉備津の釜」、「浅芽が宿」、「青頭布」がいい。「菊花の約」の、昔女をフと思い出す男も微妙にダメ男だし、「妖奇の鯉魚」で奇妙な話の聞き手となる男もダメ男でと、ときに漫画チックにも感じられるキャラ設定がおかしく感じられるところも、これまた「噴火口上の殺人」など、作者の手になるミステリ作品の風格に近く、その幻想的な筆致の巧みさとともに、岡田氏のミステリが好きな人であればなかなか愉しめるのではないでしょうか。