ハチャメチャの傑作。完全にキワモノマニア向けというか、どう転んだって素人には絶対にオススメ出來ないという破天荒極まる風格ながら、ジャケ帯にある「ジョン・ディクスン・カー+ボーイ・ミーツ・ガール 本格怪奇派の著者が仕掛ける純愛と推理の融合」という惹句の通りに、「本格怪奇」という形容が相応しい逸品です。
物語は、奇天烈な因習に囚われた田舎町にやってきたボーイが転校先の學校でいきなり頭の足りない愚連隊どもから悪魔憑きと認定されてしまうところから始まります。何でもボーイの祖父は悪魔の研究に勤しみ、それ故にボーイにも悪魔が憑依しているというのがその理由らしく、件の祖父も體中の骨を砕かれるというかたちで惨殺され、さらには町の女が三人揃って道端で、それも瞬時に首切り死体となり果てるという壮絶な死に様を晒しているとのこと。
怪奇倶楽部の先輩とイイカンジになるものの、町では人面瘡女が除霊の名のもとに町民どもからフルボッコにされるわ、義母が首切り死体で発見されるわ、町外れには蟹女がいるわともう大変。そんな中、ボーイは月に憧れる不思議系の美女に出あうのだが――、という話。
まずもって町民が皆キ印というところからして讀者はイキナリ飛鳥部ワールドへと引きずり込まれてしまうのですけど、三人の女の瞬間首切り殺人に骨砕き奇天烈死体という壮絶なコロシの謎が早くに提示されるも、物語はそんな本格ミステリ的な謎など完全にスッ飛ばし、あくまでボーイの受難も交えたスリラーの調子で進みます。
過去の殺人の捜査も推理も行われず、ただひたすらボーイが愚連隊にイジめられる場面と、学園ものというにはあまりに調子の外れたオカルト研のメンバーたちとの妙に浮きまくったシーンも交えて物語は展開し、そこへ町民の奇態や因習、さらにはアンチ・バベルの奇妙な建物なども含めた町の様子が飛鳥部ミステリらしい落ち着いた筆致で淡々と語られていくのですけど、強烈な謎を提示しつつもそれらをすべて脇に退けたまま展開される結構はまさに異様。
飛鳥部ワールドでは定番ともいえる、頭のネジが外れた強烈なキャラが本作では不在、――というか、生臭坊主や巡査、さらには愚連隊に蟹女、不思議系美女の祖母など、おしなべてキ印スレスレともいえる変態ばかりでありまして、そこに今回は町の因習を絡めて奇態変態の大世界を構築してみせるというあたりに飛鳥部氏の激しい気合いを感じてしまいます。
和モノミステリで閉鎖的な因習とくれば正史を連想してしまうのですけど、ここでは悪魔学ともいえる洋モノの知識も交えて語られている通りに、西洋の悪魔が大胆にフィーチャーされているところがキモでありまして、これが堕天使拷問刑というタイトルにも大き關連してくるところも含めて、個性的に過ぎる奇天烈世界が終盤の推理のリアリティを大きく補強しているところに注目、でしょうか。
中盤で長く語られるおすすめモダン・ホラーの変態ぶりや、骨砕き死体のトリックに本格ミステリの原点回帰を見せたかと思えば、三人女の首切り死体には(文字反転)悪魔で666だから成る程ねエ、……と七十年代にホラー映画へドップリと浸かっていたマニアはニヤニヤしてしまうようなネタもテンコモリ。
どうにもアレ過ぎるキャラが物語の大筋とは離れたところでアレ過ぎる振る舞いを見せるところや、そのアングラ劇団を彷彿とさせる台詞回し、さらには蚯蚓や人面瘡に除霊式のフルボッコと、カーだのモダンホラーといいつつも、そのB級ぶりにはどうにも「ひばり」テイストを感じてしまいます。
その一方でそれらがときに詩的な叙情も交えた簡明にして美しい文体で描かれているところが奇跡的なのですけど、冒頭から提示されているコロシの大きな謎が物語を牽引していかないという特異な結構に、本格ミステリとしてはツマらないのかというと決してそんなことはありません。奇天烈過ぎるキャラどもの暴走や後半に進むにつれてますますアレな展開になっていくところなど、そのB級か或いはZ級かと思わせる風格はスリラーとしても十二分に愉しめます。
しかしアンチ・バベルの崩壊とともに過去現在の不可能犯罪の眞相がイッキに語られ、物語はスリラーから本格ミステリへと急旋回、作中でさりげなく描かれていたシーンのことごとくが極上の伏線へと転じ、意外な犯人が明らかにされていくところが素晴らしい。
この大きすぎるコロシの謎にいったいどういう眞相が隠されているのかと讀者は大期待してしまうのですけど、その個々のコロシのトリックは最上級のバカミスぶりを開陳してみせるというアレっぷりで、もうそれだけでも十分にステキなのですけど、個人的には、犯人のアリバイに絡めて様々な目撃証言がその犯行から視點を反らせるために機能しているところや、さらにはそれらの違和感も含めた描写が町を蔽っている奇天烈さによって見事に覆い隠されてしまっているところは秀逸です。
推理の過程で捨てられるトリックもうまく、そのあたりをあまりにアッサリと流してしまうところなど、飛鳥部ミステリらしいストイックさを見せながら最後の大ネタは相当のもの。個人的にピカ一だったのは、やはり義母殺しの際に犯人のアリバイを補強してしまう或る人物が行っていた或る行為の眞相でありまして、これには流石に口アングリ。
また、最後に飛鳥部氏らしいメタ趣向を添えて、語り手の視點の見事な反轉から叙情的な雰囲気を湛えた幕引きを見せるところなど、「冬のスフィンクス」のような美しい余韻を残したラストも素晴らしい。正に一作家一ジャンルの典型ともいえる本格怪奇の傑作で、キワモノマニアには大いにオススメしたいと思います。