妙チキリンなタイトルからして、ネルソン・デ・ラ・ロッサが出てきて馬鹿野郎どもを皆殺し、なんて物語を妄想してしまうのですけどそっちじゃなくて(汗)、謎の樣態そのものを誤導してみせる技法が炸裂した、將に「シャドウ」の系統に連なる傑作です。
物語はエレベータの中で幽霊がご登場、なんていうこれまた珍妙なコントから始まるので、ジャケ帶に書かれたあらすじに眼を通していた讀者は面食らってしまうものの、この後は素人のロックバンドのメンバーたちの現在と過去のエピソードが饒舌に語られていきます。
その中でも特に一人の人物に焦點を當て、彼の過去の逸話を執拗といえるほどの内面描写も交えながら描き出していくのですけど、「シャドウ」に見られた引き算の美しさとは對極をなすかのような、くどすぎる内面の描き方から前半はなかなかノれずに苦勞したものの、この人物がある意志を抱いてからは倒叙の結構をとりつつも物語に不穩な空気が立ちこめてきます。
閉鎖決定のスタジオで起こったコロシの図に、前半からこの人物の内面描写をくどいくらいに讀まされてきた讀者は、この人物が行ったことの全體像をスッカリ把握出來た氣になってしまうのですけども、ここには「シャドウ」にも通じる高度なミスディレクションが仕掛けられています。
この人物の家族に起こった過去の或る出來事、そして家族のある人物と彼自身をその「血」によって照応させるという構図は、前半に描かれてきたこの人物の内面描写によってより強度を増し、讀者はこの中盤で発生する事件にある種の先入觀を抱いてしまうのですけど、ここへ二重三重に讀者を誤導する技法が投入されているところはもう素晴らしいの一言。
本作の一番の見所はやはり、謎の樣態そのものを倒叙の形式によって誤導してみせるその秀逸な技法の數々でありまして、本格ミステリに人死にがあれば必ずやミステリマニアの関心が向かうべき意識の方向、すなわち「誰が殺した」のかというあたりを踏まえつつ、ここへ倒叙の形式を採って「犯人」の視点から物語を展開させるという戰略によって達成された強烈なミスディレクションにはもう、完全にやられてしまいました。
「誰が殺したのか」というあからさまな謎を倒叙の形式によって消し去る一方で、そこに仕掛けを施すという結構は、「容疑者X」以降の現代本格としては当然考えられるべきものながら、本作の凄いところはそこから先へさらに數々の仕掛けが用意されているところです。
以下、ネタバレになりそうなので文字反転すると、本作では「誰が殺したのか」という謎を提示しつつ、倒叙ミステリのかたちを採ることで意圖的にそれを消し去っている譯ですけども、本作で隱蔽されるべき本当の謎は「何が起きているのか」ということでしょう。
中心には「犯人」の視点を据えつつ、真実の謎の樣態を隱しながら複数の視点をも交錯させることによってそれを最後には伏線へと轉化させ、再び一番最初の謎「誰が殺したのか」へと回歸していく構成が見事に決まっています。
その複数の視点の中には隱された各人の思惑があり、それが事件の構図を曇らせている譯で、この各人の隱されていた思惑が事件の謎を構成していたという物語全体の「真相」が明かされる後半と、過去と現在の逸話を地の文でやや執拗なくらいに描き出した前半との対比も讀了してみれば大いに納得で、このあたりにも氏のミステリ的な技巧のうまさが光ります。
さらに「現在」進行している事件を描きつつエピソードを重ねていくことで、「犯人」の「過去」をその「血」によって連關させるという結構にも企みが込められてい、判然とした「過去」の「事件」があるからこそ、倒叙のかたちで語られている「現在」の事件が進みつつあるという見せ方がいい。
多くは語れないのですけど、まず物語のやや中盤でこの「現在」と「過去」を連關させていた「犯人」の出自をひっくり返して讀者を惑乱させ、さらには後半でここにいくつものフックを仕掛けてどんでん返しを見せてしまうというところは將に道尾ミステリの眞骨頂、「現在」と「過去」を繋いでいた前提を鮮やかに取り拂い、最後には「犯人」の「現在」を縛っていた「過去」をも反転させてしまうという、後半の怒濤の展開にはもう完全にノックアウト。
前半のややくどさを感じさせた逸話の連なりはすべてこのためにあったのかと知ることによって、その考え拔かれた構成の妙にまた吃驚と、引き算によって登場人物たちの内面を隱しながら、そこに不穩な空気も添えてコトの真相を見事に誤導してみせた「シャドウ」の系譜に連なる作品ながら、「シャドウ」の陰に対して、「ラットマン」の陽とでもいうか、……不穩さは殘しつつもそれも暗黒というよりは、ジャケ帶に「鋭利なロマンティシズム」と書かれてあるように何處か明るさを伴った色を持っています。
そしてそれだからこそ、「過去」の真相が明かされた瞬間に哀切が一氣に溢れだしてくるという完璧な結構。仕掛けによって人間を描き出すという道尾ミステリの風格は本作にも健在で、「シャドウ」がツボだった人には強力にリコメンドしたい逸品といえるのではないでしょうか。
もう一つ付け加えておくと、物語に描かれた事件の構図や、人間の心理をフックにした仕掛けなど、その風格には三雲氏の最新傑作短編集「少女ノイズ」との共通點も感じられます。やたらと大げさに事件事件とわめき立てるコード型本格とは大きく乖離した風格は、ミステリマニア的な嗜好からすると微妙、なのカモしれませんが、個人的にはこれこそが現代の本格ミステリ、と感じている自分としては大滿足の一册でありました。オススメ、でしょう。