イヤキャラ消滅。スタンダードの変奏。
「顔のない」っていうと、どうしてもジョルジュ・フランジュのアレを思い浮かべてしまうんですけど、こちらは謎解きの結構を重視した石持節の冴えわたる本格ミステリです。まあ、確かに頭ごと地雷でブッ飛ばされた死體とか、首から上を接着剤でガチガチにされた死體とか奇天烈でショッキングなシーンはあるものの、あくまで物語の見所は緻密な推理によって犯人とその犯行方法を明らかにしていくその過程にあるというところは期待通り。
前作「セリヌンティウスの舟」は些かカルトっぽささえ感じられる登場人物たちの變人ぶりに賛否両論があった譯ですけど、本作では地雷という素材から戦争や紛争を背景にしたもっと大きな物語世界を透かして見せたことで、このあたりの問題を見事にクリアしているように思えるのですが如何でしょう。
石持氏が發表してきた長編作品に比較すると、二転三転する推理によるスリリングな展開がややおとなしく纏まってしまっているところが不滿といえば不滿なんですけど、ここは短編故、過去作と比べてしまうのはお門違い、寧ろ地雷という非常に特殊な素材を用いて、古典的ともいえるネタを違う切り口で見せているところを愉しみたい。
例えば最初を飾る「地雷原突破」は、地雷除去を目的とする組織で廣報事務を担当しているマーケ屋が、地雷の埋まっているところを歩いてみせるというパフォーマンスを大敢行、勿論地雷はダミーで音がなるだけのものに取り替えてあったのに、マーケ屋は衆人環視の中で地雷を踐んで御臨終。果たしてその犯人とその犯行方法は、……という話。
この後、古典ミステリでの毒殺ネタを思わせる推理が展開され、最後にその犯行方法が明かされるとともに犯人が指摘されます。ここで爆破したマーケ屋はこのあと、再び登場することになるのですけど、作品の収録を年代順にしなかったことで、作中の登場人物たちのエピソードに厚みが増しているところにも注目で、地雷除去という崇高な目的では一致を見つつも、そこへ個人の人間ドラマを絡めることによって悲惨な事件が發生してしまうという趣向もいい。
また石持氏の長編との共通項が見られる作品もいくつかあって、例えば「未来へ踏み出す足」は、地雷除去を行うムカデマシンをつくった男がカンボジアで殺されてしまいます。で、この殺され方が尋常ではなくて、首から上に特殊接着剤をブチまかれてコチコチに固めれた状態で見つかるところから、普通のミステリ讀みだったらこりゃア、顔のない死體の變形かな、なんて考えてしまうんですけど、探偵役の人物の推理はそのあたりを微妙に逸れ乍ら犯人を指摘していきます。
で、この後、犯人の贖罪に絡めたある逸話が語られるのですけど、このあたりの構成に傑作「水の迷宮」との共通項が感じられます。
また「銃声ではなく、音楽を」では、先の「地雷原突破」でパフォーマンスを見せて爆破したマーケ屋が再登場。活動資金を調達しようととある企業の社長へプレゼンを行おうと訪れたところで殺人事件に遭遇。社長しかいない密室状態の部屋の中に銃殺死體がひとつ、転がっている。しかし社長は犯人ではないらしい。しかしどうやったってこの部屋から犯行後に逃げ出すことは出來そうもない。果たして犯人は、……という話。
件のマーケ屋と地雷処理という實務を行う日本人、そして銃殺死體を前にしてシレっとしている社長を前に推理劇が展開されるという構成には、「扉は閉ざされたまま」にも通じる趣向が感じられると思うのですが如何。
實はこの推理劇じたいにひとつの目的があるというところが明らかにされる後半の展開が好みで、「地雷原突破」ではイヤキャラだったマーケ屋がここでは惡くないヤツだということが語られるところなど、連作短編めいた構成で登場人物たちのエピソードを積み重ねていくことによって人間關係の描写に深みをもたせているところも小説として素晴らしい。
「利口な地雷」も推理そのものにある人物の意図が含まれているところなど、ミステリでいうアレの趣向が冴える作品です。新型地雷の取材に訪れたジャーナリストの女性が、訪れた企業先で不可解な殺人事件に巻きこまれてしまうというお話なんですけど、ここでも「銃声ではなく、音楽を」と同樣、死體を前にシレッとしている登場人物の一人が、犯人の仕掛けた罠を推理していくという展開です。しかしここにもある人物の意図が隠されていて、……という構成がいい。
單純な謎解きに終始せず、こんなかたちで古典から續くスタンダードなネタにひねりを加えてみせるところが自分好みで、素材をただゴロンと開陳するのではなく一手間も二手間をかけているところが感じられます。最近の作品でいうと米澤穂信の「夏期限定トロピカルパフェ事件」にも通じるスマートさが本作の見所でしょうか。
本格ミステリっていえば、やはり旧家とか古城を舞台にした凄慘な連續殺人でしょ!なんていう古典原理主義はちょっとイヤだなア、と感じている方、或いは「夏期限定トロピカルパフェ事件」に収録されていた「シェイク・ハーフ」の、暗號やダイイングメッセージといった本格のスタンダードなネタを用いつつ、その見せ方を變えることで讀者に新鮮な驚きを与えてくれる、――そんな作品こそが、現代の本格ミステリじゃないのかなア、なんて思っている方にオススメしたい傑作短編集。
今年リリースされた短編集の中では、「夏期限定トロピカルパフェ事件」(ってこれは長編になるんでしょうか)と同樣、非常にお氣に入りの一册になりそうですよ。石持ファンは収録作品に長編へと繋がる趣向を見つけてニヤニヤするもよし、その讀みやすさとシンプルな構成から普通の本讀みの方も愉しめるのではないかと思います。