地味男、奮起す。
モジモジヒロインと謎めいた島醫者のエロっぽい描寫が印象的だった「不思議島」に續く多島斗志之氏の創推理文庫第二彈。
本作は離婚して瀬戸内海に移住したのち、いろいろあって海上タクシーの運転手となった中年男が主人公で、マイ船の名前は「ガル3号」。ゲドだのガルだの、ガ行の單語に反應してしまう自分がちょっとイヤなんですけど、ここに助手の女の子や、物語の冒頭でこの主人公と一緒に奇妙な事件に卷き込まれる鐵火女なども交えて、物語は海洋サスペンスの雰圍氣で進みます。
冒頭、鐵火女と一緒に五十人を運ぶという仕事を同業の船長から引き受けたものの、行き先も告げられず、さらには客たちは船に乗りこむ時には顔を隱すという念の入れようで、これは誰が見たってヤバそうな仕事であることはバレバレ。
で、案の定、船を進めようとするや怪しい船に邪魔されたりするんですけど、ここは鐵火女の荒技にかこつけて乘り切ったものの、この仕事をきっかけに以後、主人公は江戸時代から續く二つの島の確執に卷き込まれてしまう、……という話。
全体としては本格ミステリというよりは、冒頭のシーンをはじめとした海洋サスペンスの風格が強く、後半は一連の事件の首謀者の独白も交えて、事件の真相が明かされていくという趣向はなかなか讀ませます。
主人公たちの危機的な状況を盛り上げつつ、犯人はもしかしたらあいつじゃア、なんて思っているところをひっくり返してみせるところなど、ミステリ的などんでん返しも巧みで、後半の緊張感溢れる展開はかなりツボでした。
ただ、いかんせんこの主人公があまりに抑制的で、危険を冒すにも鐵火女にズルズルと引きずられている感が強く、このあたりはもっとモット主人公にハジけてもらいたかったなあ、なんて思ったりしてしまうのは欲張り、ですかねえ。
これが寿行センセだったら、一見ストイックな主人公も悪辣な敵を前にしてブチ切れて見せるんですけど、本作の主人公は妻子と別れて一人侘びしく(もっとも助手の女の子もいるんですけど、いいかんじにはなりません)海上タクシーの運転手をやっているという按排ですから、ヒーローというよりはうらぶれた中年男という性格づけが濃厚です。
「不思議島」はその結構も含めてあからさまに本格ミステリとして讀むことが出来ましたが、上にも述べた通り、本作はサスペンスとして讀んだ方が斷然愉しめると思います。非常によく纏まった作品とはいえ、「不思議島」に比較するとツッコミどころも少ないゆえ、自分がこのブログで取り上げるような作品ではなかったなあと思った次第。という譯で簡單乍ら今日はこのくらいにしておきますよ。