巧み技、分散指向。
恐怖小説から人情噺、さらにはミステリ的趣向を凝らした作品までを収録した變幻自在の作品集。とはいえ、例えば作者の傑作短編集と自信を持ってお薦めできる「折鶴」などと比較すると、それぞれの収録作のカラーがバラけている故に、一册として見た場合どうにも印象が薄くなってしまうという欠點も散見されるところが惜しいといえば惜しい、ですかねえ。
収録作は、タウン誌の編集長が知ることになった年下の愛人君のオエッとなるような秘密が明かされる表題作「鬼子母像」、現代版ろくろ首フウの怪異譚が見事な變轉を見せる「弟の首」、元戀人との誤解を描いた哀愁悲劇「鳴き砂」、ゲス男の奇術師の奸計にハマった助手女の末路が悪魔的な幕引きを迎える「ライオン」、これまた妖艶に變身した元妻の秘密をネタにして催眠エロマニアの期待に応えてくれた「他化自在天」、元妻との再會から人情噺で終わるかと思いきや意想外の結末で締めくくる「指輪の首飾り」、作者らしいちょっぴりエロを添えた怪異譚「竹夫人」、一人の女性と男性との巡り會いを巧みな筆致で描ききった佳作「三郎菱」、これまた一人の女の生涯をミステリ的な仕掛けで反転させる技に脱帽の「ジャガイモとストロー」、例の逆噴射機長のネタに作者の處女作を髣髴とさせる狂った論理が炸裂する「幕を下ろして」など全十二編。
どの作品にも登場人物たちがかつて自分が生きた時代を回想するという場面が多く散見される爲か、作品全体に何処か郷愁めいた雰圍氣が横溢しているところもまた本作の特徴といえるでしょう。
また怪異譚には作者らしい微妙なエロを添えているところも見所で、この中では「弟の首」がイチオシ。入院していた主人公の女性はベッドの上に男の首がチョコンと出ていたことに吃驚仰天、出て行けというと首は自分のことを姉さんと呼んだりしたから二度吃驚、で、首の話によれば、自分はこの女性とは双子の姉弟で名前もないという。
やがてこの首だけの弟と女性はエッチをしたりするんですけど、女性は病死。最後にこの弟の首の正体が明かされるのだが、……という物語。怪異譚に現実的なオチをつけてしまうところは幻想小説というよりはミステリに近い風格です。でもこの首だけの弟に姉さんがエロっぽいことをされる場面に「ZONBIO 死霊のしたたり」を想像してしまう自分にちょっと欝。
ノッケから年下君の巧みな愛撫に「もう、だめ。宥して」なんて声をあげてしまう年上姉さんのシーンから始まる表題作「鬼子母像」も作者らしいエロが堪能できるものの、オチはグロ。それでも年下君の絶技にメロメロになってしまった年上姉さんが彼の秘密を知りつつも引き返せないところまで来てしまったところを自覚する最後の場面はぞっとします。
あくまで個人的に、なんですけどエロ催眠っぽいネタが完全にツボだった「他化自在天」もいい。エッチなことはみんな叔母さんから教えてもらったというモジモジ君は、彼女の紹介で結婚するものの、どうにも妻との夜の生活が物足りない。
結局叔母さんの絶技が忘れられない男は彼女との秘密の關係を復活させるものの、それが妻の知るところとなり結局、離婚。久しぶりに再會した元妻はしかし思いのほか妖艶な女になっていて、新しい男が彼女に手ほどきをしたのかと思うと嫉妬にムラムラとなってしまう。で、男は元妻にてほどきをした男の正体を探ろうとするのだが、……という話。最後に元妻がある人物にあることをされてエロっぽいことになる描寫は戸川センセのファンだったらツボにはまること受け合いです。
人情噺系では、婆さんの奇妙な振る舞いから始まり、そこから一人の女性と男性との生涯をこれだけの短さで見事に描き切った「三郎菱」が見事。陶器に関心のない婆さんがデパートで買ってきた徳利に絡めて、前半は彼女の奇妙な行動に焦點をあてつつ、それが中盤に至って一人の男の視點へと切り替わるという劇的な構成がいい。かの戦争時代の苦しい境遇を描きつつ、徳利によって二人の男女のいまが重なりを見せる最後の場面の美しさも忘れがたい。傑作でしょう。
「鳴き砂」もまた印象に残る作品で、かつて戀人だった華僑の女性と番組の制作をしている男の再會から、二人の間に蟠っていた誤解の理由が明かされるや、それが最後に哀しい結末を迎えます。真実を隠し通した彼女の人生の哀しさに先祖の大陸を思う郷愁を絡めた後半の展開が美しく、主人公の男性の決意を示す最後の文章も美しい餘韻を殘す佳作。これはかなり好きですねえ。
「ジャガイモとストロー」はどうにも素っ氣ないタイトルながら、奇術ネタによって一人の女性の人生を反転させてしまうという吃驚の趣向を凝らした作品で、いきなり上海での奇術ショーの話から始まるものですから、中国とジャガイモがどう絡んでくるのかと思って讀み進めていくと、とある女性が東京大空襲のときに出會った不思議な話が中盤で提示されます。
寺の住職が精神一到、なにごとかならざらんというキャッチフレーズで、フニャフニャのストローを使って固いジャガイモを貫通させてしまうという超絶技を目撃した女性は以後、それを転機に精神一到で化粧品会社を大成功させたというのだが、……。
揃い踏みした奇術家たちが住職のトリックを見破ることによって、精神一到の意味がひっくりかえるや、その不思議な出来事に出會えたことで戦後を生き拔いた女性の生涯の意味が反転してしまうという仕掛けの見事さ。これもまた作者なりのミステリ的な趣向を凝らした好編でしょう。
ミステリ的な仕掛けという點では、泡坂氏の処女作を髣髴とさせる狂った論理が炸裂する「幕をおろして」もいい。逆噴射機長、……といっても若い人は知らないかもしれませんが、あの機長の奇行を絡めて、近所のボロ屋の放火事件や、病院内での殺人めいた事故の眞相が推理によって明かされるところは完全にミステリ。
奇妙な味の小説では「ライオン」が印象的で、ゲスな奇術師にくっついて助手をやっていた女が、最後にトンデモない結末を迎えるという、ある意味非常に悪魔的な作品。何かこの最後に女がアレしてしまうというネタは楳図センセの某短篇を想起させませんかねえ。
という譯で、若干作品の風格にバラつきこそあるものの、讀了すればなかなか衝撃的な作品も多く、妖美、怪異、逆説、エロと作者の多彩の技を見ることが出來るということではお得感もある一作でしょう。泡坂入門編としてはちっと弱いかな、という氣はするものの、奇妙な話が好きな人はハマれると思います。意外と花輪莞爾ファンとかにおすすめかもしれません。