新悪魔主義、電波魔王降臨。
平山氏の最新刊は、協会賞を受賞した表題作をはじめとして、鬼畜と電波と汚物と不条理に乱れまくった世界観が素晴らしすぎる大傑作選です。
異形コレクションに掲載された作品が大半を占める故、實をいえば殆どは再讀なんですけど、それでもこうしてイッキ讀みを試みればあらすじを覚えていたとしても、怒濤の不快感とイヤ感の襲撃を逃れる術はなく、収録作の中では最兇ともいえる「怪物のような顔の女と溶けた時計のような頭の男」を讀了した時にはもう完全にノックアウト。イッキ讀みはかなり危険、といえるでしょう。
収録作は二つのアレを持つ二股ホームレスとイジメられっ子のダウナーな交流を描いた「C10H14N2(ニコチン)と少年」、寢たきりのインテリ象男の介護をしながら暗黒世界へと飮まれていく男の末路「Ωの聖餐」、幼少ジュリエットがゲスな義父とキ印の母親に苛まれ、殺人鬼ジャックに救援信号を送る「無垢の祈り」、未來社会を描いたSF的趣向に操りとどんでん返しというミステリ的興味を交えた「オペラントの肖像」、これまたSF的な発想で現代版「カンタン刑」のごとき悪夢を描いた「卵男」、密林の奧にあるカーツ大佐の王國に迷い込んだダメ男たちの冒険「すまじき熱帯」、ですます調の折り目正しいメルカトル君がお仕えするご主人樣の奈落行を語る表題作「独白するユニバーサル横メルカトル」、そして平山ワールドにおいては現時点でその鬼畜ぶりにおいて「SINKER」と雙璧をなす大傑作「怪物のような顔の女と溶けた時計のような頭の男」の全八編。
どれも捨て作なしの真劍勝負なんですけど、東京伝説をはじめとする実話系であればアッサリと終わっているエピソードが、本作では短編小説というある程度の枚数を伴った構成で語られる故、まずそのディテールの恐ろしさだけで頭がグルグルしてしまいます。
そんななか、最初の「C10H14N2(ニコチン)と少年」はビギナー向けといえ、収録されている他作品と比較すれば童話と呼べるくらいに優しい物語世界を堪能出來る一編です。
リストラも厭わない經營者を父に持つ主人公のたろうは、ある日、湖の畔でコ汚いテントの中に浮浪者の老人が倒れているのを發見。糖尿で甘いものを切らしてフラフラしていたホームレスにキャラメルを惠んでやったことから以後、たろうとこの老人の間には溫い交流が始まります。
一方、たろうは學校で市長の妾のガキから手ひどい虐めを受けていて鬱々とした毎日を送ってい、そんななか、彼はふとしたことから、ホームレスの老人が二つのナニを持っていることを知ってしまいます。そのことが氣になって仕方がないたろうはある日、……という話。
浮浪者の爺が二つのナニを持っていることを知ってしまったことをきっかけに、物語世界が捩れていく樣子が素晴らしい味を出していて、最後には善惡も何もかも超越した鬼畜メルヘンの幕引きを迎えます。當に新悪魔主義とでもいうべき結末に気が滅入るか、それともデルモンテ時代から平山センセを知るマニアのようにこの幕引きを喝采するか。このあたりでキワモノに對する自分の耐性をはかってみるのも一興でしょう。
續く「Ωの聖餐」は収録作の中では一番のお氣に入りで、主人公はヒョンなことからヤクザと思しき組織のアジトに幽閉され「あること」をさせられている象男の世話をすることに。で、この象男の仕事というのが所謂死体処理。処理といっても実際に死体をバラすのは語り手にまかせて、この象男がやることというのは要するに食肉。
この食肉象男が平山ワールドではお馴染みの狂ったインテリで、この男の語りに魅かれてしまった語り手はあることを彼に頼むのだが、……。
人肉処理から汚物処理に到るまで、ウップ、オエップの描寫が冴えているのは勿論、個人的には「SINKER」のビトーや「メルキオールの慘劇」の奇天烈兄イを髣髴とさせるインテリな象男の造詣がナイス。語りを活かした最後のオチといい、構成のうまさも光る傑作でしょう。
「すまじき熱帯」はドタバタとその暴走具合で見せる一編で、うまい話があると誘われて異國と思しき密林でカーツ大佐のごとき帝國を構築している野郎のアジトを襲撃しようという話。もっとも主人公も含めて頭のネジが外れたような輩でありますから當然敵に捕まってひどい目に遭ってしまう譯です。
「独白するユニバーサル横メルカトル」も「ニコチンと少年」と同樣、グロはあくまで薄味に抑えて、惚けた妙味を出している語りの巧みさで纏めた短篇です。語り手が無機物である地図であるというところがミソで、バカ丁寧なですます調で語られる物語は、彼のご主人樣であるタクシー運転手がやらかした連續殺人の顛末です。
結局事故がキッカケでこのご主人樣は物語の中盤で御臨終、しかし物語の本筋はここからで、殺人鬼である前ご主人樣が語り手である地図に女を埋めた個所を記していたところ、それを彼の息子が見つけてしまう。やがてこの印に興味を持った息子はランクルをブイブイいわせて死体探索へと繰り出すのですが、それとともにご子息は狂氣の色を深めていき、……という話。
地図の敵方なども登場させつつ、あくまで語りは無機物たちの間だけでなされる構成も奇天烈で、平山ワールドのお伽話としてはちょっと異色、でしょうか。ミステリというよりは幻想譚の風格が強い作品で、推理協会賞というのはちょっと違うんじゃないかなア、という氣がしないでもないんですけど、これをキッカケに普通の本讀みの方々が平山センセの暗黒世界にズフズフとはまりこんでいくのを見るのもいとをかし、という譯で、普通の人にこそ手にとっていただきたい傑作でしょう。
そして本作の最後を飾る「怪物のような顔の女と溶けた時計のような頭の男」は、平山ワールドにSMの哲学的転倒を持ち込んだこれまた大傑作。とある女の始末を請け負ったキ印の男が、彼女に凌遅処死を施すのですが、いつもであればギャアギャアと凄慘な悲鳴をあげる筈がこの女は妙にアッサリしているところから、件の拷問師はすっかりペースを乱されてしまいます。
どうにかして女をメタメタにしてやろうと次第に拷問をエスカレートさせていくキ印男でありましたが、やがて場の主導権は女の握るところとなり、……という話。このSMの転倒というところに、団鬼六氏の代表作「花と蛇」を思い出してしまったのは自分だけでしょうかねえ。あちらも調教師がヒロインである静子夫人を追い込めば追い込むほど、その凛とした夫人の美しさに男衆が壓倒されてしまうという展開でしたが、本作ではここへさらに狂氣と悪夢的な幻想を交えたディテールの素晴らしさが光ります。
全編、そのグロと狂氣に彩られた風格が、いかにも平山氏らしいなア、と感じる一方、短篇だからこそ「SINKER」や「メルキオール」には見られなかった切れ味の鋭さを堪能できる傑作選。キワモノマニアにはマストでしょうけど、ここは「本年度日本推理作家協会受賞作」というジャケ帶の惹句や綾辻センセ、京極、柳下両氏の推薦文に惹かれて普通の人がもっとモット手にとってくれればなアと期待してしまいますよ。
ギーガーリスペクトっぽい妖しいジャケのデザインや、何やらニョロニョロとした獨特のフォント使いと、當に一册の本としての完成度の高さが光ります。おすすめ、ですけど、讀み始める前に、まずはジャケ帶の裏に記された注意書きにシッカリと目を通されることを。本當に危険、ですから。