むちゃくちゃヘンテコなバカミスの傑作、と噂には聞いていたのですけど未讀でした。で、今回の文庫化を機に手にとってみたのですけど、……あまりのステキにハジけたバカミスぶりに超吃驚、確かにこれは噂に違わぬバカミスの歴史的傑作だと思った次第です。
収録作は、立ち会いの瞬間に力士が奇怪なトリックによって爆殺される「土俵爆殺事件」、珍妙な密室トリックにガイシャが力士というこの物語世界ならではの精妙なトリックが明かされる「頭のない前頭」、探偵の対戦相手が次々と殺されていく連續殺人の背後に隠されたアレ過ぎる眞相に腰が砕ける「対戦力士連続殺害事件」。
女が上れない筈の土俵に死体が転がっていたという、心理の密室に天城御大も口アングリとなる快作「女人禁制の密室」、力士の體の一部を持ち去るという猟奇殺人の動機にこれまたアレ過ぎる眞相がハジけまくる「最強力士アゾート」、相撲部屋の親方含めて力士たちが迷い込んだ奇怪な館で包帯主人の語る相撲の黒歴史がリアルへと轉じる「黒相撲館の殺人」の全六編。
ちなみに探偵は壮大な勘違いから相撲部屋に入門することになってしまったメリケンの留学生で、そこにワトソン役ともいうべきおキャンな娘っ子を添えて事件を解決、という結構でありまして、最初を飾る「土俵爆殺事件」こそ、力士が土俵の上で爆殺されるというコロシにシンプルなトリックを添え、アッサリと推理を開陳してみせるという風格ながら、續く「頭のない前頭」では、連續殺人をにおわせつつ、密室で殺された首無し死体の謎解きにバカ過ぎるトリックと精妙な推理で魅せてくれます。
一応部屋ンの中にいた人物たちのアリバイが事細かに語られてはいるものの、そういう細々としたところをスッ飛ばしてもバカミス的な奇想を十分に愉しめるという逸品で、アリバイを成立させるために犯人がしでかしたあることのアンマリな仕業に腰が抜けてしまうものの、そうした奇天烈ぶりを開陳しながら、首切りに關しては相撲というこの物語世界ならではの「気付き」を添えた推理を披露。
「対戦力士連続殺害事件」は、探偵役となるメリケン君の対戦相手がタイトル通りにどんどん殺されていって不戦勝の連續、というところから、ひとつひとつのコロシに添えられたトリックに着目するべき物語ではなく、寧ろその連續性に留意した動機の異常さが際立った一編です。
まあ、確かに力士といえば、人によってはこういう妄想嗜好もアリかな、と思わず苦笑してしまう眞相には完全に魂を抜かれてしまうのですけど、ここでも相撲のルールに着目した推理をスマートに明かしながらその眞相へと至る道筋をしっかりと説き起こしてみせる展開がいい。
収録作中、一番の好みである「女人禁制の密室」は、土俵ン中で優勝トロフィーを渡すのが女じゃダメとは納得いかない、というウーマンリブの女性知事、という時事性を取り入れた物語。女は土俵に上がれないという慣習の縛りが心理の密室を構築しているという着眼点を明かしつつ、容疑者はそんな慣習を屁とも思っていないリブ婆たち、という顛倒が秀逸です。そうした心理の密室という見立てを巧みにずらしながら、探偵が消去法によって犯人をズバリと指摘する推理の課程も素晴らしいのですけど、そこから明らかにされる眞相がまたバカミスならではの脱力を極めたステキなもの。トンマな事件の様態、仕掛けのハジケっぷり、さらには苦笑するしかない脱力の眞相の三位一体という、まさにバカミスの傑作しかモノにすることが出來ない黄金三角形を見事に構築してみせた逸品でしょう。
「最強力士アゾート」になると、「アゾート」というタイトルや笠井氏のアレとかを意識した台詞などを鏤めながら、メタっぽいくすぐりを凝らしてある風格も愉しめるのですけど、ここでも「対戦力士」や「女人禁制」とベクトルを同じくする脱力を極めた眞相がキモ。まア、確かに眞相が明かされた後に現出する犯人の悲哀が感じられるといえば感じられるケド、……と纏めようかと思ったのですけど、やはりこのバカ過ぎる眞相には腰を抜かしたまま唖然とするしかありません。
最後の「黒相撲館の殺人」は、タイトルに黒とある通りに、虫太郎リスペクトの見立て殺人が炸裂する一編で、嵐の夜、道に迷ったご一行が訪れた屋敷には包帯で顔をグルグル巻きにした奇怪な主人がいて、……と王道ともいえる展開で見せつつ、やはりその後に出てくる見立て殺人の犠牲者が相撲取りというところから緊張感はマッタクなし。その通りにコロシが發生するものの、娘っ子の妙にほのぼのした展開と実際に行われているコロシの様態とのギャップがタマりません。
包帯主人の語る相撲の黒い闇からいかにも漫画チックなハジけっぷりを見せつつ、最後に明らかにされるトリックはまさに唖然の一言。もう一人のバカミス王、霞氏のアレがアレのルーツを垣間見てニヤニヤしたりするのも一興で、何だかこの調子だと続編も期待出來そうな終わり方も含めて、「中相撲」「小相撲」もアリかな、という気がします。
探偵マークの推理も素敵なのですけど、個人的には娘っ子とミステリマニアの御前山との掛け合いが最高に笑えました。まさに日本のバカミス史を飾る快作にして傑作で、バカミス的トリックにキワモノマニアも愉しめる眞相の奇天烈ぶりなど、多くの「マニア」にオススメしたいと思います。