サルでも分かる推理パズル、ひとたび變格に轉べば。
本屋では角川から「不連続殺人事件」が新装で復刊されて平積みになっていたりするんですけど、「不連続」は既に紹介濟なので、今日は安吾の手になる短編集をひとつ、取り上げてみたいと思います。
安吾といえば、自分的には島田一男の衒學ミステリをヒド過ぎるといってこき下ろしたり、推理小説はゲームみたいなことをいっている原理主義者、という印象があったりするんですけど、本作に収録されている推理小説は大きく二つに分かれておりまして、ひとつは安吾が標榜する推理ゲームとしての風格を持ったもの、そしてもうひとつは一見、普通の推理小説の體裁を見せ乍らその實奇妙な味を持った作品というもので、個人的にはやはり後者の方が好みであることは今更いうまでもありませんか。
収録作は、バクチ打ちのダメ男を旦那に持った新進女優とプロ野球選手の不倫がコロシに発展するタイトルマンマの「投手殺人事件」、中華裏社会の密輸事件を絡めて美人ピアニストのコロシの眞相を探る「南京虫殺人事件」、木工所のオヤジが選挙に出馬したその奇天烈な理由とは「選挙殺人事件」、ホモ疑惑もある賣れっ子作家の奇妙なコロシにサルでも分かるアリバイトリックが炸裂する「正午の殺人」、三バカ先生の殺人願望に変格の風味を添えた「影のない殺人」、高利貸しのゲス親父が心靈実驗の最中に殺される「心靈殺人事件」、盲目の按摩を小バカにしながらの推理が何とも脱力な「能面の秘密」の全八編。
ボリュームも一番あって、サスペンスも交えた展開がいかにも推理小説らしいのは「投手殺人事件」なんですけど、博打打ちのゲス旦那を持った女優がプロ野球投手と不倫、と恐らくこれが今書かれるとすれば女優はさしずめ女子アナになるかと思うんですけど、ダメ旦那との手切れ金や野球投手のスカウトなどを交えて樣々な動機がそれらしく開陳されて物語は進むものの、いかにも怪しく動き回っている奴がヤッパリ犯人だったというところが何ともな一編。
「不連続」みたいに登場人物すべてが怪しければいいんですけど、あそこまで奇天烈な配役を揃えることが出來なかったところが敗因というか、まあ、それでも犯人の指摘に到る手掛かりを提示しながら最後にその推理を丁寧に繙いてみせるところは親切設計。とはいえ出版芸術社からリリースされた鮎川御大の犯人當てに比較するとやはり小粒感は否めない殘念作。
上にも書いた通り、本作に収録された作品では、純粋な推理ゲームよりも例えばあの傑作「アンゴウ」のように寧ろ變格めいた、味のある作品の方が自分的には好みで、中でも「選挙殺人事件」は泡坂妻夫を髣髴とさせる奇天烈な動機と最後に明かされる眞相が素晴らしい一編です。
冴えない木工所の親父が選挙に出馬するものの、この男の活動というのがパンパンを相手に演説をぶったりとどうにもトンチンカン。それを不思議に思った新聞記者は件の親父に選挙の御感想を訊ねると本人曰これは「ワタクシの道楽です」とアッサリ。
新聞記者のインタビューでは磊落に澄ましている反面、いざ酒が入ると「ああ無情」とか譯の分からないことを呟いたりとこの親父の行動にはどうにも謎が多い。御約束通り選挙には勿論敗れたものの、その後首なし死体が見つかって、……という話。
親父の愛讀書が自殺文士のものだったことや、酒が入った時に呟いたボヤキから例によって巨勢博士がその眞相を言い當てるというものなんですけど、首なし死体の眞相にそれほど驚きはないものの、ここでは親父が選挙に立ったその動機の奇天烈さが光っています。
また変格めいた一編ということでは「影のない犯人」も後半に推理は行われるものの、結局犯人も事件の真相も支離滅裂に、安吾フウの投げっぱなしジャーマンが炸裂する幕引きが素晴らしい一編です。
物語はとある温泉街の病院で三バカ先生たちが、街で一番大きな別莊を借りて旅館を経営しようじゃないか、なんて話をしているところから始まります。しかし別莊の当主である人物がこの妙案には反対するだろうから、マッタクあいつは死ねばいいのに、と三バカの一人が呟いたのを發端に、件の当主が体を惡くして本當に死んでしまう。
死因がどうにもはっきりしなところから他殺の疑いもある、なんてことになってこれまた三バカ先生たちがああでもない、こうでもないなんてグタグタと推理を行うものの、結局誰が犯人だか分からねえや、でジ・エンド。
解説で権田御大はこの作品について「だれでもが犯人であり得るし、まただれが犯人かということにだれも関心を持たないように社会の危機的な状況を描いた異色作」と書いているんですけど、安吾が文人といえど、個人的にこの作品は社会の危機的な状況云々なんて難しいところよりも、安吾らしい投げやりっぷりがビンビンに感じられるところがツボで、作者が主張する推理小説観と對比させることによって、この変格めいた味がより一層引き立つところもマル。
「能面の殺人」は、按摩の女に能面をつけさせてマッサージをさせる男が焼死してしまい、さてその犯人は誰なのか、という話。本作で光っているのは、普通のミステリでは御約束とされているような事柄が完全に裏切られてしまうようなところにありまして、普通按摩が出て來たら、探偵は「按摩っていう職業は目が見えないぶん、ほかの感覺がズバ拔けて鋭いものなんだよ」なんてボンクラ檢事にいうところが、本作に登場する探偵の伊勢崎は按摩の感覺をマッタク信頼していないどころか件の按摩女を完全に無能扱い。
さらにはその無能ぶりを皆に知らしめる為に按摩女を呼び出してその感覚のダメっぷりを皆の前でテストしてみせるという陰險さで、このあたりの描寫を嫌味もなくあっさりと描いてしまうところが安吾節。
ここでも犯人はいかにも怪しい奴だったりするんですけど、物的証拠も全て焼かれてしまって見つからないという現状に地團駄を踏む新聞記者を餘所に、探偵の方は今に犯人はボロを出すから、なんて端然と構えていると、その言葉通りに最後は犯人もトンデモないヘマをしでかして自殺してしまうという幕引きがまた何ともですよ。
推理ゲームといいつつ、人間描寫の味わいや、ひとたび變格に轉んだ時の奇天烈ぶりにはやはり一流振りを見せつけてくれる作品に、ダメダメといい乍らもやはりそこは腐っても安吾、天城御大の作品のようなマニア受けこそしないものの、「不連続殺人事件」が氣に入った方はあの名作を比較する意味で本作を手に取ってみるのも面白いかもしれません。