らしくなさ、新本格風。
このブログで赤川次郎を取り上げるというのも何だか妙な感じなんですけど、新装版で文春文庫からリリースされた本作は少しばかり、というか、かなり毛色の違った作品で、作者らしい輕妙なユーモアは皆無、終始ダークな雰圍氣で進む展開は、樣々な物語世界の趣向も含めて、新本格の作品を思わせる風合いが素晴らしい作品です。
もうずっと昔に讀んで以來、久々に再讀して感じたのは多視點を交えた語りによるその巧さで、マリオネットというタイトルにもある通り、現代ミステリ風の用語を使えばこの仕掛けのネタは操り、ともいえるんですけど、そのほかにも古館での殺人や、地下室に幽閉されていたキ印女が脱走して連續殺人を犯していったり、怪しげな精神病院への潜入など、新本格を讀んできた人は妙な既視感に襲われてしまうに違いないネタを前面に押し出してつつ、その眞相を隱し果せているところが素晴らしい。
物語は、トラックの運チャンが土砂降りの雨の中で謎女を拾うところから始まります。で、當然運チャンは彼女を強姦しようとするんですけど、案の定この女に殺されてしまう。
その後場面は變わってとある青年が古館に家庭教師としてやってくるんですけど、何だか譯ありな雰圍氣をムンムンに漂わせているこの館で、青年は地下室に幽閉されている美女を發見、何でも可憐な彼女はかつて使用人を過って殺してしまった為、この場所に家族の手によって閉じこめられてしまっているという。
そんな彼女に惚れてしまった青年は幽閉美女を助け出したものの、その場で女は本性を現し、自分をこんな目に遭わせていたという家族を殺害して逃亡、以後、東京ではセイセイ方が同樣の兇器によって殺されるという連續殺人事件が發生します。
警察ではこの事件の犯人をあの館から脱走した女だと思っているフシがある一方、女が逃亡して以後、行方不明となっている青年の婚約者は警察とともに彼を搜し出そうとする。何でもあの古館に棲んでいる女はヤバげなドラッグのシンジゲートに絡んでいるというので、女はその女が経営しているという精神病院に潜入するのだが果たして、……という話。
前半の譯ありな館での、ロマンチックでありながら不穩な雰圍氣が感じられるところなど、日本のミステリというよりは、解説で権田御大が述べられているように歐羅巴風。また幽閉されている謎女がキ印のシリアルキラーで、それが脱走後東京で大暴れするところなどは新本格っぽいんですけど、全編に凝らした仕掛けの方はそれほど捩れている譯でもなく、ストレートなところが現代のミステリとは大きく異なるところでしょうか。
このネタを折原氏あたりが仕上げたら、おそらくはアレ系の仕掛けが炸裂して、シリアルキラーの女は予想もつかなかった人物だったりするんでしょうけど、本作ではこのあたりはアッサリと纏めて、マリオネットというタイトルにも見られる操りの構図が謎解きで明らかにされるという趣向です。
しかし前半の館ものっぽい展開や、中盤以降の精神病院でのサスペンスに引き込まれているとこの操りの構図がまったく見えてこない。このあたりの構成が見事で、ミッシングリンクめいた連續殺人の謎解きから一轉して、本物のワルは誰だったのかが最後の最後で開陳されるところは秀逸です。
ただその一方で、ヤバ薬のシンジゲートに探りを入れていく中盤で、この連續殺人の謎を後ろに大きく退けてしまう構成に中途半端さを感じてしまう人もいるかもしれません。これは多視點で連續殺人の犯人である女が犯行を繰り返していくシーンと、精神病院での場面を併行して描いていくゆえ、普通に讀んでいれば、精神病院のシーンが連續殺人の犯人を知ることの大きな手掛かりとなるか、或いはこれが新本格的な展開であれば、この二つの場面が意想外な繋がりを見せたりして、……なんて期待してしまいますよねえ。
しかし本作の場合、そもそも連續殺人の犯人は誰であるかという點についてはアレ系のような大掛かりな仕掛けは凝らされていない故、眞相が明かされたあとにちょっと不満が残ってしまうんですよ。
ただそれでもまったく關連のない人物が連續して殺されていくというミッシングリンクめいた謎に関しては、はっとするような眞相が用意されていて、これには大いに感心させられました。そしてここに本當のワルが凝らした仕掛けがどんでん返しの形で最後に明かされるという展開は素晴らしく、またある種の惡魔的な對比が冴え渡った幕引きも印象に残ります。
輕妙な風格の作者の作品とは大きく異なる、ダークネスな雰圍氣の横溢した本作、寧ろ新本格を通過してきたミステリ讀みの方にオススメしたいと思います。