不發彈倉庫よりレアもの回収。
第一巻に續いてリリースされた国枝史郎伝奇短篇小説集成なんですけど、實をいうと一册としての満足度は第一巻に比較すると些か微妙、……というかんじですよ。というのも、帶に編緝の末國氏曰く「流行に敏感なモダンボーイだった国枝は、特異のエロ・グロを前面に押し出した秀作を次々と発表している」といいつつ、普通っぽい時代小説がズラリと竝んだ収録作にキワモノマニアの自分としてはやや複雜の感想を持ってしまうのでありました。
それでも大衆小説として見た場合の愉しみ所は満載で、連載雜誌の嗜好に合わせた物語の展開や構成など、業師としての国枝の實力を見ることも出來るとあって、マニアには第一巻と同樣、やはりマストといえるのではないでしょうか。
しかしそういう普通っぽいところに關しては他の人がシッカリ取り上げてくれると思うので、このブログではやはりキワモノマニアから見た本作の愉しみどころをアピールしていこうと思った次第で、そんな中から自分的にツボだった作品を挙げてみると、香具師が木曾の山中で山賊や手負い熊などから追いかけられる「悟りから建設へ」、ライバルに追い上げられてスッカリ落ちぶれた宿屋にフラリとやってきた男が活躍する「任侠道場破り」。
雙子を産んだ美人母さんと子供たちの国枝らしいトンデモ半生を描いた「山林王」、ゲロ吐き坊主のおかげで億萬長者になった男のこれまた奇妙な半生「戦国禍福奇譚」、キ印婆のモノローグが運命の男女の行く末を嘆きまくる「死の花嫁」、オレオレ詐欺に遭遇した作家と可愛い奧さんの粹な計らいを描いた「手紙」、即興仕上げてデッチ挙げた作者の夜の叫び「靄深き夜を」、渡舟から聞いた因縁屋敷の話が伏線となってトンデモない話に展開する「志摩様の屋敷」。
目前に突然現れた杜甫を小馬鹿にしてイジメまくる「新舞子の杜甫」、ダメ旦那を持った美人妻のトンデモ半生「岩淵のお石」、自分の僞物に出會った修驗者の大活躍「修驗者荒道中」、謎女の出現で話をグイグイと引っ張りつつ未完のまま尻切れ蜻蛉で終わってしまう「ムッソリニ」、謎めいた二重間諜の活躍を描いて国枝伝奇を大爆発させる「雌雄隱密比べ」など。
殆どショートショートに近い作品を含めて収録作は全四十九編、その中でも上にピックアップしたお氣に入りすべてについて言及するのは正直不可能なので、以下、その中でも特にツボだった作品のみ紹介すると、まず冒頭を飾る「死の花嫁」は海辺のボロ小屋で老婆が自分の娘を家から追い出したとボヤキまくるところから始まります。
ここに難破船から帰還した男と江戸へと駈け落ちした二人の運命を婆が案じながらも、最後に自分が娘を虐待していた理由を明かすという何ともなお話。暗い海の情景とキ印婆の陰鬱なモノローグが雰圍氣をイッパイに盛り上げているところがいい。
「山林王」は、美人が熊に攫われ産氣づき男女の雙子を出産、以後、童顏だったのか自分と娘を姉妹と僞って御茶屋を開業。店の方は繁昌するも、男子は美少年に育ちながらも身重の時に熊に襲われたのが災いしてか、生き物虐待を愉しむサドっ子へと成長、案の定、こいつは喉をカッ切るような殺人鬼へと変貌して以後、あちこちで人を殺しまくるんですけど、離ればなれとなったこの三人が送った波瀾萬丈を圧縮してプロットのみに纏めたような強引さがマル。
しかしこの作品、長編に仕上げれば国枝節が炸裂する素晴らしい伝奇小説になったような氣がするんですけど、そこのところが惜しいといえば惜しい。美人母や死んだと思ったらヤッパリ生きていた、みたいな御約束展開を披露する娘っ子や、さらにはその娘にかかわったばかりにまたまた御約束通りに殺人鬼へと変貌したお兄さんに喉をカッ切られて殺される男衆など、破綻すれすれの構成で一編の大長編に仕上げればかなりの作品に仕上がったのではないでしょうか。
破綻すれすれといえば、「戦国禍福奇譚」もとある武士が道中に奇妙な僧侶に出會うところから、子供が人さらいにあったり、かつての僧侶が突然家を訪ねてきて腹一杯に飯を食らうと門前でゲロを吐いてしまう。で、呆れた使用人がゲロを埋めようと穴を掘るとそこから大判小判が出て來て億萬長者になったかと思うと、諸国からフリークスを集めて人材マナー學校を開設して伝説になったりと、もう譯が分からない展開がテンコモリ。
何故ゲロ吐きなのかとか、フリークスを集めてのマナー學校なのか、とか頭を抱えてしまうネタ乍ら、それらを強引に纏めてしまう国枝的手腕が十二分にいかされた作品でしょう。
「岩淵のお石」は、ダメ男を旦那にした美人妻お石の運命を描いたもので、家庭内暴力も厭わないDV旦那は一攫千金を狙って船乘りを志願するも、船は難破、旦那は死体もあがらず行方不明に。
獨り身となった美人妻を周囲が放っておく筈もなく、庄屋のバカ息子が貧しい暮らしでいる彼女に對してものを惠んだりとシツっこくアプローチを繰り返すも、お石の方はノラリクラリと逃げるばかり。で、バカ息子の方は頭の足りないモジモジ君でありますから、お石に對して結婚してくれ、の一言がいえない。しかしそんな野郎の最後の手段というのが、
――甚之介は、お石の端然とした態度に圧せられて、云い出すことが出來なかった。
「こうなっては爲方がない。一つ、暴力で。……」
ダメだっらたレイプ、とまったくの單細胞である甚之介は村社の拜殿にお石を連れ出して「あなたの体でお礼をしてくれ」と迫る。果たして、……って物語はこのあといろいろあって、最後には死んだと思っていたDV旦那が實は生きていたことが発覺、という例によって御約束通りの展開を見せ、ホーイホーイと現れた旦那と再會してハッピーエンド。頭を抱えてしまう展開ながらとにかく讀ませる一編です。
個人的にはもっと破綻した作品を讀みたかったんですけど、第一巻に収録されていた作品ほどハジけていないというのは、国枝がそれだけ成熟して小説家としての腕を上げたということなのか、或いは講談をベースにその御約束を裏切るアイディアをブチ込んで作品を仕上げるという創作スタイルから離れて、よりオリジナルを希求していく過程で物語の整合性を學んでいった結果なのか等々、色々と考えてしまうんですけど、より普通の時代小説を讀みたいという方であれば、本作の方が愉しめるかもしれません。キワモノマニアでしたら、やはり第一巻の方がハマれると思います。とはいえ、やはりこちらも限定1000部、という譯で、マニアであれば本棚にズラリと並べる為にも本作もやはりゲット、でしょう。
それと本作の後ろを見ると、次巻は「国枝史郎伝奇浪漫小説集成」、2007年刊行予定とのこと。これまた愉しみなのでありました。