二流魂炸裂、日本の司法制度はすべからく惡である!
月刊島田荘司のトリを飾る本作、本格ミステリとしては薄味ながら、そのぶん御大が月刊折り込みチラシで述べている「行動する物語への復帰」という主張がイッパイに感じられ、……といっても行動する人は御手洗ではなくて、二流魂溢れる市井の人、つまりあらすじ紹介では「二番手の男」と語られている人物なんですけど、内容のほとんどがこの男の手記によって構成されているところからも、御大のもう一つの狙いである「言葉少なに語られる片隅の人々の思い」を得意の島田節で書き上げた作品といえる本作、本格の仕掛けを期待しなければまさに御大の風格を堪能出來る極上の逸品といえるのではないでしょうか。
あらすじ紹介には、
「二番手の男」が投じた友情と惜別の一球が、御手洗の諦めかけた「事件」に奇跡を起こした。心躍る感動の青春ミステリー。
なんてあるんですけど、この「事件」というところをカッコで括っているところがクセ者で、これだけ讀むと、御手洗も匙を投げるほどの、飛びっきり難解な謎を含んだ大事件なのかなア、なんて思うじゃないですか。
実際のところはそうではなくて、この名探偵が諦めかけた事件というのは、惡徳金融会社に騙された婆さんをどうにかして助けてやりたいものの、悪代官が蔓延る日本の司法制度ではどうしようもない、と。この日本的な惡を集約させた司法を前にしては、流石の名探偵も勝ち目がない、とまア、そういうお話で、この「事件」にはそもそも謎も何もない譯です。問題は司法制度を始めとした日本のくだらないシステムにあるんですから。
で、物語の方は、例によって横浜の件のアパートで御手洗が石岡君をイジっていると、今フウの男がやってくるところから始まります。何でもこの男の母親というのが妙チキリンな遺書を殘して自殺を敢行、どうにか未遂に終わったもののその原因というのが分からないという。美容院に客としてやってきては金を払わずに激マズのお好み燒きで代金にかえようとするトンデモ婆さんが怪しいとボクは思うんだけど、……なんて相談を受けて、山梨のド田舍に御手洗と石岡君は彼の家にその自殺未遂の婆さんを訪ねていきます。
話を聞くとどうやら婆さんの自殺の原因というのは惡徳金融会社に保証人となって騙されたことに起因するらしいのだけども、この惡徳金融会社というのが被害者のブチあげた裁判でも連戦連勝、こりゃア悪代官が蔓延る日本の司法制度ではどうしようもないのだよ石岡君、なんて例によって御手洗をイタコにして御大の日本社会批判がひとしきり語られたあとに事態は急展開。
何でも婆さんの話によると、惡徳金融会社の方から債権を放棄する、みたいなことをいわれて借金苦の絶望から見事立ち直ることが出來たという。何でこんな事件を持ってきたんだ、なんて兩手をブルンブルンさせて石岡君に怒りを顕わにしていた御手洗もこれには流石に口ポカン、どうやら惡徳金融会社にも遂に司直の手が入り、本社のガサ入れが進む中、このビルの屋上で妙なボヤ騷ぎがあったらしく、件の債権放棄にはどうやらこの事件が絡んでいるらしい。
現場を訪れた御手洗が聞いたところによると、出火の原因は依然として不明、時限装置が仕掛けてあった譯でもなく、警察でもこの謎に關してはお手上げの状態とのこと。で、現場を眺めた御手洗はここで、花瓶のガラスに太陽光が反射して火がついたんだろう、なんて簡單な推理を述べることでこの場面は唐突に終わり、續いてある人物の手記が語られることになります。
で、ここからが物語の本筋でありまして、この語り手というのが華々しい高校球児から臥薪嘗膽、どうにかプロ野球の二軍にまで上り詰めた人物で、彼が貧乏暮らしを強いられることになったいきさつにも件の惡徳金融会社が絡んでいたりと、このあたりに伏線を懲らしつつ、物語は彼のライバルでもあったスター選手との對比を描き乍ら徐々に盛り上がりを見せていきます。
このスター選手の挫折、そして世間の彼を見る目の劇變、さらには語り手が勤めていた会社の元上司の描寫など、ここでも御大の日本社会に對する痛烈な批判は絶好調、そしてスター選手の凋落が極まった刹那、物語は一氣に盛り上がります。
まあ、このスター選手が最後にはどんなヒドい感じになってしまうのかは是非とも皆さん自身で確かめていただきたいんですけど、實をいえば、冒頭、御手洗がトンチンカンな推理をした時點で、というか、このピッチャーである語り手が拔群のコントロールを持っていることや、さらには「最後の一球」というタイトルからして、この出火の謎に對するトリックはもうバレバレ。
スター選手がトンデモないことになった現場へ偶然居合わせた語り手が、彼の言葉から天啓を得るに至るまでの場面が個人的には最高で、その現場をウロウロしながら、スター選手が彼に託した言葉の意味を推理していくところでは、讀者は眞相を分かっているのに語り手だけが分かっていない、という何とももどかしい状況が現出、「だから違うって!それはこうでしょッ!」と思わず叫び出したい衝動に駆られてしまったのは自分だけではない筈です。
もどかしさ滿點の推理場面の盛り上がりに相反して、いよいよ語り手がその行動を実行に移す場面はアッサリ風味。このあたりはちょっと拍子抜けしてしまうほどなんですけど、このあとの話が後日談的に語られ、最後に再び御手洗が登場する場面では感涙必至。そしてこの御手洗の「はからい」と、「言葉少なに語られる片隅の人々」の一人である語り手が二流魂を力説する場面は壓卷です。
シンプルな仕掛けに島田節を効かせまくった語りは當に御大にしか出來ない力業、月刊島田荘司の最後を飾るにふさわしい感動物語といえるのではないでしょうか。ただ繰り返しますけど、ミステリとしての謎、そして推理の部分は今年リリースされた御大の作品に比較するとかなり弱いので、この感動テイストを蛇蝎の如く嫌っている我孫子氏のような方はちょっとダメかもしれません。個人的にはこの御大の感動路線は大歡迎なので、自分としては十二分に愉しむことが出來ましたよ。
「帝都衛星軌道」におけるサスペンスと社会批判の素晴らしい融合、「溺れる人魚」の素晴らしきエロテイスト、そして「UFO大通り」におけるトリックと語りの本格路線、さらには「犬坊里美の冒險」の軽妙バカミステイストと、樣々な趣向で我々讀者を愉しませてくれた今年の御大ですけど、來年はどんな作品が飛び出してくるのか大期待なのでありました。とりあえず自分としては吉敷ものの長編なんかが讀みたいんですけど、駄目ですかねえ。