電波人形師、脳内會話で謎解き三昧。
勿論基本的には「いい話」なので嗤ってはいけないんでしょうけど、気弱のダメ男が降臨した亡き妻の憑依霊と脳内會話をして事件を解決、という奇天烈に過ぎる設定だけでキワモノマニアはお腹イッパイ、日常の謎を基本にしたミステリとしては甘すぎるものの、意外と愉しむことが出來ました。
一應、ダメ親父が娘の結婚式の日に過去の事件を回想する、という結構を凝らした連作短編集で、収録作は卵燒き盗難事件を扱った「消えた卵焼き事件」、娘の失踪にあわてふためく気弱親父に亡き妻が脳内會話で自己肯定を行う「夏休みの失踪」、娘がイジメに遭っているのではと心配至極のダメ親父の前にこれまた亡き妻が脳内降臨する「涙の理由」、クリスマスの夜の街を気弱親父が落とし物の落とし主を捜して奔走する「サンタが指輪を持ってくる」、愛玩人形が別物にすりかわっていたと主張する婆さんの妄想の眞相とは、「人形の家」の全五話。
いずれも日常の謎を扱ったミステリとしても薄味ながら、本作のキモは上にも述べた通りその探偵の奇天烈な造詣にありまして、幽靈だか妄想だか判然としない亡き妻と、ワトソン役を務めることになる気弱男が脳内で會話を行い事件を解決、という結構です。
第一話となる「消えた卵焼き事件」は、幼稚園に通う娘が、友達の弁当から卵焼きを盜んだのではないか、といわれなき疑いをかけられたことに気弱親父は大困惑。娘はそんなことをする筈はない!と信じてはいるものの、いやいやそれでも、……なんてかんじで煩悶を繰り返す男は「こんなんじゃ、親として失格だ」と落ち込んでしまいます。
何しろこの主人公は、ヤワヤワと頼りないダメ男でありますから、悩みまくった末にすわ、自我崩壞でも引き起こすのではないかと讀者が心配していると、そこで亡き妻の名前を絶叫。すると亡き妻の瑠璃子さんが脳内に降臨、電波語りで件の卵焼き事件の真相を喝破する、という話で、脳内降臨の場面を引用するとこんなかんじ。
ハルさんの心は、どこまでも暗く沈んでいきそうだった。自分だけで考えていても、堂々巡りだ。どうすればいいのか、まったくわからない。
(僕ひとりでは、荷が重すぎるよ。……瑠璃子さん!)
ハルさんは頭を抱え込んだ。そのまま作業台に突っ伏すと、やがて懐かしい声が言った。
(ふうちゃんは、私たちの娘よ。そんなこと、するわけないじゃない!)
どんな困難も笑い飛ばすような、快活な声。
(その声は、瑠璃子さん……?)
顔を上げると、瑠璃子さんが微笑みかけていた。窓際の棚に飾られた、アンティークの写真立ての中で。
(うん、そうだね。瑠璃子さんなら、そう言い切るだろうと思っていたよ)
電車の中で讀んでいたので、思わずこの場面で壯大に吹き出してしまったんですけど、この「おまえはさくらの母親かいっ!」とでもツッコミを入れたくなってしまうような素晴らしい展開のあとに、脳内で亡き妻の瑠璃子さんが披露してみせる推理はオードックス。それでも昨今の子供の現状をとらえた伏線の凝らしかたは丁寧で説得力があります。勿論、脳内會話で事件解決、という結構にはマッタク説得力も何もない譯ですが(爆)。
このダメ親父の頭に響く声っていうのは、男の脳内妄想、……まア、簡單にいってしまえば「電波」なのかな、と思っていたんですけど、實際はどうなんでしょう。一應、娘の失踪にあわてふためくダメ親父がこれまた脳内の亡き妻に救援信號を送る「夏休みの失踪」でも、この瑠璃子さんは脳内に現れるだけなんですけど、後半、「サンタが指輪を持ってくる」あたりになると、實像を伴って男の前に現れたりするんですよ。
とりあえず、第二話の「夏休みの失踪」における脳内會話の冒頭シーンはこんなかんじ。
不安で、吐き気がする。胃の中の物をもどしそうになり、ハルさんは口を手で覆って、その場にへたりこんだ。
(ああ、ふうちゃん……。僕は……どうしたら……、瑠璃子さん!)
助けを求めるように、瑠璃子さんに呼びかける。
こんなとき、瑠璃子さんなら、何と言ってくれるだろうか……?
もし、瑠璃子さんがいれば……。
うなだれたハルさんは、ふと頭の中に白い光が浮かぶのが見えた。そして、懐かしい声が響いてくる。
(ねえ、ハルさん。今日のふうちゃん、どんな服を着ていた?まず、それを考えましょう)
(ふうちんゃんの……服?)
上に擧げた二つの場面を見ると、主人公であるダメ親父は明らかに惑乱していて、精神の均衡を失っていることが分かります。つまり、亡き妻の脳内降臨はいうなれば、男の自我崩壞を食い止める為、自らの無意識が生み出した存在なのかなア、なんて考えていた譯ですよ。
しかし「サンタが指輪を持ってくる」になるとこれがちょっと變わってきて、クリスマスの夜の街を駆けずりまわった挙げ句に、フとあたりを見回すとイチャイチャしたカップルばかり、そんな中、他人の落とし物を手にして一人ボンヤリと佇むばかりの彼は、
なんだか無性に哀しくなってきた。
ハルさん以外の人々は、みんな次から次に待ち人が現れ、去っていく。時間は刻々と過ぎてゆき、ハルさんだけがその場にずっと残されている。ひとりきりで。
夜風が身にしみる。ハルさんはくしゃみをして、ずずっと鼻水をすすりあげた。
すると、声が聞こえた気がした。
(お待たせ)
この声は……。
(瑠璃子さん!)
果たしてこの時に彼が見た亡き妻の姿は、男が脳内に生み出した幻影に過ぎなかったのか、それとも、もしかして瑠璃子さんって幽靈だったの?……、と個人的にはツリーの謎よりも、こちらの方が最大のミステリーだったりした譯ですけど、實際のところどうだったんでしょう?ミステリとしてはこのツリーの謎はなかなか洒落ていて、本作が醸している優しい雰圍氣にも合っているところも含めて、一番の好みでしょうか。
しかし最愛の娘が嫁いでしまったことによって、心の支えを失ってしまった主人公のその後が大いに心配で、このまま自我崩壞がますます進行するのではないか、とか、挙げ句に亡き妻の格好をする「サイコ」遊びに目覚めてしまい、浪漫堂の親父からもドン引きされてしまうのではないか、とか「さくらの母親」状態の彼の將來は如何に、なんてかんじでさりげなく續編を期待してしまうのでありました。