「陽気な容疑者たち」に續けて何だか天藤真をイッキに讀み返しているのですけど、本作は「陽気な容疑者たち」以上にヘンテコな物語で、そもそも市長の息子がラブホテルで殺人謀議を盗み聞きしたものの、犯人の返り討ちにあってしまうという最初の流れからしてかなり奇妙で、これを引き金に便乗殺人の大盤振る舞いによってエロ富豪が命を狙われるのだが、――という話。
語り手は件の命を狙われている爺で、人死にも屁とも思わぬ非情ぶり溢れる逸話を冒頭から語りまくるものの、その非情さに強欲なエロを絡めているものですから、極悪野郎とはいえ、妙に親近感を抱いてしまうところがまた不思議。美女とあらばその場でくどくどころか、初七日もいとわずに未亡人を手込めにしたりともう、金と権力にモノを言わせてのやりたい放題は正に男の夢ながら、盗聴に端を欲する殺人計画の内容が判然としないものだから強欲爺は戦々恐々、そこへ一緒にラブホで盗聴をしていたおきゃんな娘が登場して一緒に犯人を捕まえてやろうと爺に持ちかけるのだが――。
何しろ語り手が強欲爺で自らのワルぶりを自信満々に語っているものですから、この手記の存在自体が多分に怪しく、過去の所行からして相当の人物に恨まれていることは確実で、周囲の誰もが敵というところから、便乗殺人と件の殺人謀議を企てていたワルとの境目が曖昧であるところが本作のミソで、現代本格の技法としては典型ともいえるあるものの結構が明らかにされる最後には相当に驚いてしまいました。
個人的には、この物語全体を構成する語り手の手記にプロローグを配しているところからもしかしてこれって正史の「蝶々殺人事件」みたいなネタかな、なんて邪推してしまったのですけども、便乗殺人の流れを前面に押し出しながら、そもそもの発端となるラブホでの謀議を後ろに後退させて、事件全体の構図を隠蔽してしまう技法が素晴らしい。
トリックを単体として見た場合、一番の見所は後半に展開される毒殺トリックで、この心理の陥穽を突いたシンプルな仕掛けもよいのですけど、個人的には便乗殺人という煙幕を凝らして、爆殺、毒殺とあからさまに犯人を挙げながらそれを殺される側の語り手の視點から描いてみせることによって、これまたその背後で密かに進行している事態が見えてこないという企みに感心しました。
語り手のワルぶりがあまりに激しすぎて、彼の奸計にハマって死んでいった人間もシュールに過ぎれば、周囲の女も皆が皆、爺のネチっこい愛撫によってことごとく軍門に下ってしまうという、男の妄想を体現したエロ漫画的なノリにはフェミニズムもヘッタクレもありません。
女をハッキリと「奴隷第一号」と嘯き、舌テクや指テクについても微に入り細を穿っての描写を行うという気合いの入れようも後半に至ると、今度は女の視点からその愛撫の様子を語らせてみせるという執拗さで、現代本格の趣向を凝らした事件の結構とはかけ離れてキワモノのスメルを振りまいているというこのギャップ感が堪りません。
真相が明かされてみれば、語り手も含めた全員が全員ワルながら、それでいて作者のあとがきにもある通り「この図太く、あくどく、そして純粋な悪党たちに、ほとんど愛情を感じて」しまうところもまた本作の風格の魅力でありまして、よくよく考えてみれば、件の語り手の強欲爺も自分の本能に忠実なだけといえばその通りだし、真犯人の動機もまさにキ印ともいえるものながら、純粋といえば純粋ともいえるし、――と何とも不思議な爽快感を讀後に残してみせるところが面白い。
ユーモアというよりは、その飄々とした文体によってワルどもの非情が軽さへと転じる作風、そして事件全体に凝らされた奸計の巧みさなど、これまたド派手さこそないものの、大変愉しめる逸品といえるのではないでしょうか。